近年、社会的な問題としてカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が
ニュースで取り上げられるようになりました。
2023年9月には、精神疾患の労災認定基準にカスハラが追加されたことなどからも、
被害が深刻であることが伺えます。
しかしカスハラに対する認知度は高まってきているものの、十分な対策が
あまりできていない企業も多いようです。
今回は、カスハラの具体的な内容や企業が対応すべきことについて解説します。
カスハラとはなにか
カスハラとは、顧客や取引先がその立場を利用して、相手先企業やその従業員に
理不尽な要求をする行為です。
ただし、クレームのすべてがカスハラとなるわけではありません。
クレームには、商品やサービスの改善などの正当なものもあります。
カスハラは、不当な言いがかりや過剰な要求を行う悪質なクレームなど
社会通念上不相当なものを指します。
厚生労働省が公表した企業および従業員への調査によると、過去3年間にハラスメントを
受けた従業員の割合ではカスハラが2番目に多く、そして企業への相談件数は
カスハラが3番目に多いという結果となっています。
なお、カスハラは、個人客によるハラスメントといったイメージを持たれがちですが、
取引先も対象となります。
そのため、企業は業種を問わずカスハラの被害にあう可能性がある一方、逆にカスハラの
加害者となる可能性もあります。
カスハラの判断基準
カスハラの判断基準は法令等では定められていません。
そのため、企業は自社の判断基準を明確化し、その考え方や対応を十分に社内周知
しておく必要があります。
なお、考え方のひとつとして、以下の①②による観点で判断基準を決めることもできます。
①顧客や取引先の要求内容に妥当性はあるか
自社サービスの過失や商品の欠陥などがあれば、改善を求めるクレームや苦情は妥当です。一方で、顧客の主張と事実を確認したとき、自社サービスや商品に過失が認められない
などの事実無根の要求には妥当性がないと判断します。
②要求する手段などが社会通念上相当な範囲か
クレームの妥当性があったとしても、行き過ぎた要求や従業員の就業環境を害するもの
など、社会通念上不相当なものはカスハラとなります。
たとえば、暴言や脅迫、長時間または執拗に繰り返されるクレームなどです。
状況次第では、傷害罪、暴行罪、脅迫罪、恐喝罪など、法令等に抵触する可能性も
あります。
【カスハラとなる可能性のある行為例】
カスハラがもたらす被害
カスハラは従業員にとって大きなストレスとなり、心身の不調を引き起こし、
休職や離職の原因になることもあります。
企業にとっても、クレーム対応にかかる時間コストの増加、休職や離職による人員不足、
それに伴う生産性の低下など、経営に大きくかかわります。
このようにカスハラは企業や従業員に大きな悪影響をもたらすため、カスハラ対策は
急務であるといえます。
カスハラと労災認定
2023年9月、精神疾患の労災認定基準が改正されました。
この改正により「業務による心理的負荷評価表」に、カスハラとして
「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が
追加されました。
この評価表は精神疾患の労災認定に用いられ、心理的負荷の出来事や強度などが
示されています。
詳しくは、厚生労働省の通達の別表1を参考にしてください。
カスハラ対応の難しさ
カスハラが、カスハラ以外のハラスメントと大きく違うのが、
ハラスメントの行為者が自社の役員や従業員ではない 点です。
ここにカスハラ対応の難しさがあります。
1 社内だけの対応では不十分
ハラスメントの行為者が自社の従業員の場合、ハラスメントであると判断されれば
指導や懲戒など適切な対応を速やかに行うことができます。
しかし、カスハラは行為者が自社以外の者であるため、行為者に直接措置を取ることは
簡単ではありません。
現場や人事労務部門など社内の関係部署だけでなく、状況によっては取引先や弁護士、
警察など外部との連携も重要になります。
2 取引先との関係
取引先との関係では、お互いの立場の違いにより力関係に差が生じることもあります。
(例)
・業務の受注側よりも発注側が優位
・企業規模が大きい側が優位 など
このような力関係を利用し、立場の強い側が相手側に対し、過大な要求や不当な取引の
強制をすることはカスハラとなります。
さらに状況次第では、独占禁止法で禁止されている優越的地位の濫用などにより、
刑事罰や行政処分を受ける可能性もあります。
こうした事態にならないよう、取引先とは日頃から健全で良好な関係を維持しておくことが
重要です。
3 取引先との間で発生したカスハラ対応
①取引先からカスハラを受けた場合
まずは、自社の被害を受けた従業員やその上司、周囲の従業員などから発生状況を確認
したうえで、取引先にハラスメント行為の事実確認を依頼します。
状況によっては、取引先の担当者と一緒に、ハラスメント行為の疑いがある従業員に
対して事実確認を行うことも考えられます。
②自社の従業員が取引先にカスハラを行った場合
自社の従業員が、取引先へカスハラを行った疑いが発生した場合、速やかに事実確認を
行います。
カスハラが事実であると判断したときは、就業規則等に基づき懲戒処分などの対応を
します。
取引先には、途中経過や決定事項の報告、謝罪、今後の再発防止など、真摯に向き合い
対応することが大切です。
企業が対応すべきこと
カスハラが発生しているにもかかわらず、企業が適切な対応をとらなかった場合、
安全配慮義務違反となる可能性もあります。
さらには、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性もあり、実際に損害賠償請求を
認めた裁判例もあります。
①賠償責任が認められた事例
②賠償責任が認められなかった事例
カスハラ発生時の対策はもちろんのこと、日頃から予防対策をとっておくことは
従業員のみならず企業を守るためにも重要です。
ここからは、カスハラ対策の例を紹介します。
1 カスハラ対策の基本方針や姿勢などの明確化
企業が、カスハラに屈することなく従業員を守る姿勢を示すことで、従業員が安心して
働ける職場環境を目指します。
2 カスハラ発生時の対応方法や手順を決めておく
現場ですぐに適切な対応ができるよう、対応方法や手順などの社内ルールを決めて
おきます。マニュアルを作成することも有効な対策です。
3 相談体制の整備
相談窓口を設置するなど、迅速かつ適切に対応できる社内体制を整備します。
なお、カスハラ用に特別に窓口を設ける必要はありません。
2020年にパワハラ防止のため設置が義務化されたハラスメント相談窓口で
カスハラの相談もできるように体制を整えておく方法もあります。
また、相談窓口の担当者は、一次対応者として事実関係の把握、被害を受けた
従業員への配慮など、慎重な対応が求められます。
カスハラに該当するか判断がつかない場合も含めて幅広い相談に応じるためにも
担当者向けの教育を定期的に行うことも大切です。
4 従業員の教育、研修
従業員への、カスハラに対する意識付けを定期的に行います。
・カスハラに関する知識
・対応方法など社内ルールの周知
・相談窓口などの周知
・自身が加害者側にならないための教育 など
5 被害従業員への配慮
被害を受けた従業員だけにカスハラ対応を続けさせることのないよう、
複数名または組織的に対応します。
そのほか、プライバシー配慮などカスハラから従業員を守ることを最優先します。
6 再発防止への取り組み
定期的に社内体制や社内ルールの見直しを行い、適切な体制づくりを継続的に行います。
【カスハラ対策チェックシート】
厚生労働省より、「カスタマーハラスメント対策チェックシート」が公開されています。企業用、従業員用の2種類があります。カスハラ対策にご活用ください。
おわりに
日頃からカスハラ対策に取り組んでいる企業の従業員からは、「カスハラ行為者に対して
落ち着いて対応ができた」「安心して働けるようになった」「企業にとって好ましくない顧客が来にくくなった」などの声も聞かれます。
カスハラ対策は従業員、そして企業を守ります。積極的に取り組むことをおすすめします。
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