top of page

知っておきたい、個別労働紛争とその解決制度



「労使紛争」という言葉を、一度は耳にしたことがある方も

多いのではないでしょうか。


労使紛争には、労働組合など交渉力を持つ集団と企業との対立

といったイメージを持たれがちですが、従業員1名の企業であっても

労使紛争へと発展する可能性があります。


今回の記事では、労使紛争のなかでも個々の従業員と

事業主とのあいだで生じる労使紛争(以下、個別労働紛争)について

解説します。



「いじめ・嫌がらせ」が相談件数11年連続トップ



厚生労働省がまとめた「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、

2022年度に発生した個別労働紛争(法令等の違反に関するものを除く)の内容については、

いじめ・嫌がらせ」が69,932件にのぼります。


このいじめ・嫌がらせは、後述する個別労働紛争解決制度の1つである

「専門の総合労働相談員による労働相談」では、11年連続で最多となっています。


この「いじめ・嫌がらせ」の件数には、2022年度以降、法令等の違いにより

パワーハラスメントに関する相談件数は含まれていません。


しかし、2022年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における

「職場におけるパワーハラスメント」に関する相談件数は50,840件にのぼり、

事実上の「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は、合わせて12万件を超えています。


このことからも、「いじめ・嫌がらせ」に関する問題解決には、

ハラスメントの防止対策を打つ必要性が分かります。




個別労働紛争の解決手段と制度



「いじめ・嫌がらせ」を含め、個々の従業員と事業主(以下、紛争当事者)とのあいだで、

職場環境や労働条件などをめぐって何らかのトラブルが発生したとき、

お互いの主張が平行線をたどるなど、企業内で解決に至らず、話が錯綜して

泥沼化する場合もあります。


このように自主的な解決が困難となった場合、解決手段として主に以下のようなものがあります。

都道府県労働局や都道府県、民間団体、裁判所などが主体となって

これらの解決制度(個別労働紛争解決制度)を実施しています。





あっせんによる紛争解決



個別労働紛争解決制度のひとつに、都道府県労働局が無料で行う制度があります。


この制度には、専門の総合労働相談員が対応する「労働相談」、紛争当事者に対して

問題点の指摘や自主的な解決の方向を示す「助言・指導」などがあります。


そして、これらだけでは解決に至らなかったときのさらなる解決手段として

あっせん」も行っています。


ここからは、個別労働紛争解決制度のひとつである「あっせん」について解説します。


1 あっせんの特徴


あっせんとは、都道府県労働局に置かれる紛争調整委員会が紛争当事者のあいだに入り、

お互いの主張を確認し、両者に具体的なあっせん案(解決案)を提示するなどして

紛争の解決を図る手段です。


紛争調整委員会は、弁護士、大学教授、社会保険労務士などの労働問題の専門家によって

構成されています。


対象となる紛争:労働条件や職場環境、労働契約など(あっせんについては

募集・採用関係は対象外)

迅速かつ無料:裁判と比べて時間がかからず、無料で実施できる

合意の効力:受け入れたあっせん案は民法上の和解契約(※)の効力をもつ 

※和解契約とは、お互い譲歩し争いをやめることを約束する契約

プライバシーの保護:あっせんの手続は非公開


なお、従業員があっせんの制度を利用したことを理由として、事業主が従業員に対して

解雇その他不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。


2 あっせんで解決に至らなかった場合


紛争当事者のいずれかがあっせん案に合意しなかったり、あっせんに不参加だったりと、

紛争の解決に至らなかったときの個別労働紛争解決制度による次の手段には

労働審判」や「民事訴訟」などがあります。

これらは、あっせんと違い、裁判所による有料の制度です。


①労働審判


労働審判は、地方裁判所に置かれる労働審判委員会が紛争当事者とのあいだに入り、

話し合いによる解決を図ります。期日(手続を行う日)は原則3回以内です。


なお、労働審判があっせんと大きく異なるのは、話し合いが不調に終わったときです。

この場合、労働審判委員会が最終判断(労働審判)を下し、紛争当事者のいずれかが

審判に対して2週間以内に異議申立てをすれば訴訟に移行し、異議がなければ

審判が確定します。


②民事訴訟


民事訴訟では、さまざまな手段によっても紛争解決に至らなかったときなどの

最終的な手段として、裁判所の判決による紛争解決を図ります。


労働審判と違い期日回数の制限がないため、民事訴訟は解決までかなりの時間を

要することもあります。




企業がとるべき対応



ここまで述べたように、あっせんは労働審判や民事訴訟に比べ、時間や費用の面からも

負担の少ない解決方法であるといえます。


紛争内容にもよりますが、労働審判や民事訴訟のようなトラブルに発展しないよう、

あっせんによる解決を図ることが望ましいといえます。


そのため、従業員があっせんの申請を行った場合、企業が適切に対応できるよう、

あらかじめあっせんの制度について理解しておくことが大切です。


1 あっせんの流れ


従業員があっせんを申請した場合の基本的な流れは以下のとおりです。


①企業のもとに紛争調整委員会から「あっせん開始通知書」が届く

②企業は、あっせんへの参加・不参加の意思を伝える

③参加の場合、あっせんの日程が決定・実施される

(不参加の場合は打ち切りとなる)

画像ファイル(.jpg、.jpeg、.png)を選択


2 あっせん開始通知書


ある日突然、紛争調整委員会からあっせん開始通知書が届くと、企業としては

驚き身構えてしまうかもしれません。

しかし、ここで冷静に対応することが大切です。


あっせん開始通知書で、企業側のあっせんへの参加・不参加の意思確認が求められるため、

期日までに回答します。


なお、参加・不参加は企業の自由であり、不参加の場合でも企業に対し不利益な取扱いが

なされることはありません。


3 あっせんへの参加


参加を選択した場合、紛争当事者双方の希望も考慮したうえで日程が決定されます。


そして、あっせん当日は以下のような内容が実施されます。


①紛争当事者双方の主張を聞く

②紛争当事者双方による話し合いを促す

③紛争当事者双方が求めた場合、あっせん委員があっせん案を提示


この後、紛争当事者双方があっせん案を受諾した場合、あるいは話し合いに

合意した場合は、解決となり終了します。


一方、どちらかがあっせん案を受諾しなかったり、話し合いに合意しなかったときは、

あっせんは打ち切りとなります。その後については、このまま終了となる場合もあれば

、労働審判など別の手段に進む場合もあります。


4 対応しなかった場合のリスク


不参加を選択した場合、あっせんは打ち切りとなります。


しかし、紛争自体が終了するわけではありません。あっせんを申請した従業員にとっては

解決が図れなかったという結果となり、さらには不参加という企業の対応に

ますます不信感を募らせ、トラブルが大きくなるリスクもあります。

その結果、労働審判や民事訴訟に発展する可能性もあります。


そのため企業としては、あっせんに参加し解決に向けた姿勢を示すことが、

トラブルを最小限に抑えるための選択ともいえます。



特定社会保険労務士の利用



企業があっせんに参加する場合、無事に円満解決できるかなど不安が多いものです。

その場合、専門家にあっせん代理を依頼する方法もあります。


あっせん代理の業務が認められているのは、弁護士と特定社会保険労務士です。

日頃から労務管理などを依頼している特定社会保険労務士がいる場合は、

状況も把握してもらいやすいため、その特定社会保険労務士に依頼するのも

一つの方法です。


また、全国社会保険労務士会連合会のWEBサイトには各都道府県にある社労士会の

会員リストが掲載されており、そちらから特定社会保険労務士を検索することもできます。



あっせん開始通知書が届いた段階で早めに相談し、適切な対応を取ることを

おすすめします。



おわりに



従業員と事業主とのあいだで発生するさまざまな労働問題では、企業内で解決を試みるも

お互いが感情的になったり、一方が話し合いに応じないなど、両者の歩み寄りが難しい

状況もよく見受けられます。


紛争がこじれてしまった場合、労働審判や民事訴訟など裁判所による解決手段は

ありますが、2022年の民事全体の平均審理期間は10.5か月と年々長期化の傾向にあります。


これは企業にとって、金銭的・時間的にも非常に大きな負担となり、状況によっては

社会的イメージの低下にも繋がりかねません。

そのため、あっせんの活用で両者が歩み寄り、円満・迅速に問題解決を図ることは、

非常に有効な手段といえます。

bottom of page