労災保険制度は、すべての従業員の保護を目的とした公的な保険制度です。
そして、この制度の適正な運営を確保するための重要な財源が、労災保険料です。
2024年4月から労災保険率が改定されます。
労務担当者は、改定後の自社の労災保険率を把握してください。
今回の記事は、労災保険料のしくみや計算方法のほか、2024年4月に改定される労災保険率も紹介します。
労災保険料とは
労災保険は、従業員が業務中または通勤途中の事故などで被ったケガや病気などに対して、保険給付が受けられる制度です。
あわせて、被災した従業員の社会復帰促進や援護(遺族も含む)などの社会復帰促進等事業も行います。
労災保険制度を運営するための財源を大きく占めるのが労災保険料で、以下のような内容に使われます。
【労災保険料の負担について】
労働基準法は、事業主の災害補償責任を定めています。業務災害が発生した場合、
どの事業主でも被災した従業員や、従業員が死亡した場合には遺族に対し、
損害賠償の責任を負わなければなりません。
事業主の故意や過失の有無にかかわらず責任が発生します。
(従業員の重大な過失により労働基準監督署長の認定を受けた場合の休業補償および障害補償を除く。)
しかし業務災害が発生した場合、療養や休業、障害、遺族に対する補償など、すべての補償を行う資金がない事業主もいます。
この場合、被災した従業員や遺族に対して十分な補償ができない可能性があります。
そこで事業主の災害補償を代行し、従業員や遺族が補償を受けることができるよう定められたのが労働者災害補償保険法(以下、労災保険法)です。労災保険による給付が行われると、事業主は労働基準法の災害補償責任を免れることとなります。
このような労働基準法と労災保険法との関係から、1人でも従業員を雇用する場合は労災保険の成立手続を行い、労災保険料は事業主が全額負担することとなっています。
労災保険料の計算
ここからは労災保険料の計算について解説します。なお、この記事で解説する労災保険料は、従業員に対して適用される通常の労災保険にかかる保険料です。
中小事業主や一人親方等が特別加入している場合の特別加入保険料は別途計算されます。
1 労災保険料の計算式
労災保険料の計算式は以下のとおりです。
労災保険は、企業単位ではなく事業所単位で加入します。そのため、労働保険番号を複数もつ企業はそれぞれの労働保険番号ごとに労災保険料の計算をします。
(継続事業の一括をしている場合はまとめて計算)
①賃金総額とは
賃金総額とは、すべての従業員に対し労働の対償として支払ったものです。
4月1日から翌年3月31日の勤務分の賃金が対象で、税金や社会保険料などを控除する前の総支給額をいいます。
なお、役員報酬は対象外ですが、兼務役員に対し従業員部分として支払われた賃金は対象になります。
②労災保険率とは
労災保険率は事業の種類ごとに定められています。
過去3年間の災害発生率などを考慮して定められ、危険な作業が多い事業ほど労災保険率は高くなります。
また、同じ企業で複数の事業を展開するなど、事業所によって主たる事業の種類が異なる場合もあります。
この場合、それぞれの事業所の主たる事業の種類ごとに労災保険率が決まります。
【2024年4月、労災保険率が改定されます】
労災保険率は原則として3年ごとに改定され、次回は2024年4月に改定されることが公表されています。
改定後の労災保険率は、以下の厚生労働省のサイトで確認できます。
③労災保険料の計算例
以下は、労災保険料の計算例です。
2 賃金総額の特例(建設業)
下請や孫請など数次の請負による建設業の場合、元請が下請や孫請の従業員も含めて現場全体の労災保険に加入します。
しかし、元請が現場全体の従業員の賃金総額を正確に把握することが困難な場合も多く見受けられます。
困難であると認められた場合、特例として、請負金額に労務費率を乗じた額を賃金総額とみなして計算することができます。
この特例による労災保険料の計算式は以下のとおりです。
①労務費率とは
労務費率とは、工事の請負金額に占める賃金総額の割合です。
事業の種類ごとに定められています。
【2024年4月、労務費率が改定されます】
労務費率は2024年4月に改定されることが公表されています。
具体的な率は厚生労働省のサイトで確認できます。
②労務費率を使用した労災保険料の計算例
以下は、特例により労務費率を使用した労災保険料の計算例です。
3 現場労災と事務所労災(建設業)
建設業には、現場で働く従業員のほか、事務員など現場以外で働く従業員もいます。
この場合、労災保険は別々に加入するため労災保険料も分けて計算します。
【現場労災】
現場で働く従業員の労災保険です。
上述のとおり数次の請負による建設現場の場合、元請が加入するため労災保険料も元請が計算します。
【事務所労災】
事務員など現場以外で働く従業員の労災保険です。雇用する事業主が加入します。
なお従業員によっては、現場作業と、資料作成など現場以外の業務を兼務する人もいます。
こうした従業員については、現場以外の業務中の災害に備えて事務所労災にも加入します。
この場合、現場と現場以外の労働時間の割合により現場以外にかかる賃金総額を算出して労災保険料を計算します。
4 メリット制
安全衛生への取り組みや快適な職場環境づくりの意識は、企業によって異なります。
事業の種類が同じであっても、こうした企業の努力や姿勢により業務災害の発生率に差が生じます。
そこで、企業の災害防止の努力を推進するため、適用要件を満たす事業所については、業務災害の発生が多い少ないに応じ、一定の範囲内で労災保険率または労災保険料額を増減させます。
この制度をメリット制といいます。
適用要件は、継続事業、一括有期事業、単独有期事業により異なります。
以下の図は、継続事業の場合の適用要件です。
なお、一定の安全衛生措置を講じた中小企業事業主を対象に、通常のメリット制よりもさらに増減率が大きくなる特例メリット制も設けられています。
労働保険料の申告および納付
労災保険料は、雇用保険料とあわせて労働保険料と呼ばれます。
労働保険料は、年に1回行う年度更新により申告および納付をします。
【年度更新とは】
毎年6月1日から7月10日のあいだに行う以下の手続です。
・前年度の確定保険料を申告・納付するとともに概算保険料を精算
・新年度の概算保険料を申告・納付
なお単独有期事業では、年度更新ではなくひとつの事業(工事など)ごとに労働保険料の申告および納付をします。
・事業を開始した日から20日以内に概算保険料を申告・納付
・事業が終了した日から50日以内に確定保険料を申告・納付するとともに概算保険料を精算
労災保険の加入手続や労働保険料の納付を怠ったとき
労災保険の加入手続や労働保険料の納付を怠った企業に対し、以下のような徴収が行われます。
1 労災保険の加入手続(成立手続)を怠った場合
①加入勧奨に従わないとき
加入手続を行わない企業に対し、行政機関から加入手続の指導が行われる可能性があります。
再三の加入勧奨にも従わない場合、職権により強制的に加入手続が行われ、最大2年間さかのぼった労働保険料と10%の追徴金が徴収されます。
②未加入期間中に災害が発生したとき
労災保険の加入手続を行っていない期間中に、企業の故意または重大な過失により労働災害が発生した場合、最大2年間さかのぼった労働保険料と10%の追徴金を徴収されるとともに、下図のように保険給付に要した費用の100%または40%が徴収されます。
2 労働保険料を滞納した場合
労災保険の加入手続は行っているものの労働保険料を滞納した場合、以下のように延滞金や保険給付に要した費用の一部が徴収されます。
おわりに
労働保険料の納付は企業の義務です。
2024年4月から労災保険率や労務費率が改定されるため、労務担当者は留意しながら正しく労働保険料の計算をしてください。
また、事情により労働保険料を一時に納付できない企業は、一定の要件に該当すると猶予制度を受けられる場合があります。
詳しくは、都道府県労働局または労働基準監督署にご相談ください。
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