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  • 【2023年度版】今冬のインフルエンザ対策

    インフルエンザは、毎年流行を繰り返し、健康に対して大きな影響を与える 最大の感染症のひとつです。 一般的に12月~3月がインフルエンザの流行のシーズンとされていますが、 今年は5月頃から季節外れの流行が見られるなど、全国各地で予期せぬ状況に 直面しました。 新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けは2023年5月に5類に移行したものの コロナ禍で免疫力が低下したことによる流行ともいわれており、今冬も感染対策の 徹底が引き続き求められます。 今回の記事では、季節性インフルエンザ(以下、インフルエンザ)の特徴や、流行に対して企業が押さえておくべきポイントをお伝えします。 インフルエンザとは インフルエンザは、インフルエンザウイルスの感染でかかる病気です。高熱のほか、 頭痛・関節痛・筋肉痛など全身の症状が突然現れることも特徴です。 なお、インフルエンザと風邪の主な違いは以下のとおりです。 インフルエンザの発生に備える企業対応 一般的に、インフルエンザ発症前日から発症後3〜7日間は鼻やのどからウイルスを排出する 時期といわれています。 この時期は人に感染させるリスクが高まりますが、インフルエンザには出勤停止期間を 定める法令等はないため、就業規則に企業のルールを定めておく必要があります。 インフルエンザによる欠勤連絡を受けるたびに異なる対応になったり、対応の遅れで 業務への支障が出ないよう事前の対応をおすすめします。 【発生に備えて決定しておきたい項目】 ・出勤停止期間 ・従業員やその家族がインフルエンザに感染したときの企業への申告方法 ・有給休暇の当日、事後取得の可否 ・発熱した従業員へのインフルエンザ検査の命令基準 ・受診命令した時の賃金支払や受診料の負担 ・休業時の連絡方法 ・業務の引継ぎ方法 ・特別休暇や病気休暇などを設ける場合は就業規則の変更 など インフルエンザに感染した従業員が、出勤停止期間の早い段階で熱が下がり、 症状が快復することもあります。働ける健康状態であっても、感染防止のために出社を 控えてもらうときは休業手当の支払が必要です。 出勤停止期間を検討するうえで、学校保健安全法の出席停止期間も参考になります。 インフルエンザ罹患後の外出時期については、以下のサイトをご確認ください。 参考|厚生労働省『令和5年度インフルエンザQ&A』Q17 インフルエンザと傷病手当金 インフルエンザに感染して仕事ができない場合、健康保険の被保険者は傷病手当金の 支給対象になります。ここでは、協会けんぽの傷病手当金について記載しています。 傷病手当金とは、業務外の理由による病気やケガで仕事ができず、企業から給与の支払が ないときに、健康保険から生活保障として支給される手当です。業務外の理由による 病気やケガの療養のため、仕事を休んだ日が連続して3日間(一般的に「待期期間」 という)の後、4日目以降の仕事に就けず、給与の支払がなかった日に対して支給されます。 ただし、給与の支払があっても、給与の日額が傷病手当金の日額より少ない場合、 その差額が傷病手当金として支給されます。 支給額は以下の計算式で算出した額になります。 なお、支給開始日以前の期間が12か月に満たない場合は、別の計算方法で支給額を 求めます。詳細は以下のサイトをご確認ください。 参考|協会けんぽ『病気やケガで会社を休んだとき』 傷病手当金は同一の疾病に対して通算1年6か月支給されます。 しかし、インフルエンザは原因となるウイルスが複数あるため、感染するたびに 「別の疾病」の扱いになり、感染の都度、傷病手当金を受けることが可能です。 有給休暇と傷病手当金のどちらを選択するのか 基本的に、同じ日に有給休暇と傷病手当金の両方を選択することはできません。 ただし、仕事に就いていない日で、有給休暇による賃金日額が傷病手当金の日額より 少ない場合、その差額が傷病手当金として支給されることはあります。 また、どちらを選択するかは企業が一方的に決定することはできず、企業のルールを 踏まえ、最終的には本人の判断に委ねられます。 判断のポイントは以下のとおりです。支給額や支給される日が異なります。 【有給休暇】 取得日ごとに1日分の賃金が企業から支給されます。 企業の公休日は有給休暇を取得できないため、賃金の支給はありません。 【傷病手当金】 1日分の賃金より低い額になります(上記【傷病手当金 1日あたりの支給額の計算方法】 を参照)。 また、企業の公休日も支給されます。 有給休暇を事前申請としている企業では、当日申請や事後申請を受け付けていないケースも あるため、有給休暇のルールは就業規則を確認してください。 家族がインフルエンザにかかったとき 本人ではなく同居している家族がインフルエンザに感染するケースがあります。 対応例については以下のとおりです。 【対応例】 ・一定期間、休業をさせる(業務命令の休業になるため、休業手当の支払が必要) ・テレワークが対応可能か検討する ・特別休暇を取得させる ・本人の希望があれば有給休暇を取得させる ・小学校就学前の子どもが感染したときは「子の看護休暇」の利用を推奨する など 職場のインフルエンザ対策 インフルエンザは流行性があるため、ひとたび流行が始まると短期間で職場内感染が 広がるケースも見受けられます。 インフルエンザの感染経路は「飛沫感染」と「接触感染」のふたつです。 従業員が安心して働くことができる職場づくりのひとつとして、以下のような感染予防対策 を行うことをおすすめします。 1 こまめな換気 限られた空間に多くの人が集まることが多い職場では、空気中にただようウイルスを外に 排出することが大切です。 また、新型コロナウイルス対策としても、十分な換気は重要です。 外へ出たウイルスは日光(紫外線)により不活化するため、こまめな室内の換気は ウイルス濃度の低下につながります。 2 適度な湿度の保持 空気が乾燥すると、気道粘膜の防御機能が低下し、インフルエンザにかかりやすくなります。 インフルエンザは湿度の高い環境に弱いため、適切な湿度(50〜60%)を保つことが 重要です。 職場内に加湿器を設置するなどの対応も効果的です。 感染予防のための企業内周知 職場内の感染予防と同様に、1人ひとりが「感染しない」「感染させない」意識を持ち、 咳エチケットや手洗いなどを徹底することも大切です。 疲労が溜まっていたり、睡眠不足のときは免疫力が低下します。普段から十分な睡眠と バランスのよい食事を心がけることで免疫力も高まり、感染予防につながります。 厚生労働省の以下のサイトでは、感染防止やワクチンなどの情報がまとめて掲載されて おり、予防啓発のためのポスターも用意されています。 参考|厚生労働省『令和5年度 今シーズンのインフルエンザ総合対策について』 参考|厚生労働省『咳エチケット』 参考|厚生労働省『正しい手の洗い方』 まとめ インフルエンザは感染力も強く、毎年約10人に1人が感染しています。 いつ誰が感染するかは分からないため、急に欠勤する従業員が出た場合の業務の引継ぎ方法 や連絡方法などをあらかじめ決めておくと、従業員の不安も軽減されます。 労務担当者として、関連する手続を把握し、対応策を準備しておくことが大切です。

  • カスタマーハラスメントから従業員を守るために。

    近年、社会的な問題としてカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が ニュースで取り上げられるようになりました。 2023年9月には、精神疾患の労災認定基準にカスハラが追加されたことなどからも、 被害が深刻であることが伺えます。 しかしカスハラに対する認知度は高まってきているものの、十分な対策が あまりできていない企業も多いようです。 今回は、カスハラの具体的な内容や企業が対応すべきことについて解説します。 カスハラとはなにか カスハラとは、顧客や取引先がその立場を利用して、相手先企業やその従業員に 理不尽な要求をする行為です。 ただし、クレームのすべてがカスハラとなるわけではありません。 クレームには、商品やサービスの改善などの正当なものもあります。 カスハラは、不当な言いがかりや過剰な要求を行う悪質なクレームなど 社会通念上不相当なものを指します。 厚生労働省が公表した企業および従業員への調査によると、過去3年間にハラスメントを 受けた従業員の割合ではカスハラが2番目に多く、そして企業への相談件数は カスハラが3番目に多いという結果となっています。 参考|令和2年度 厚生労働省委託事業『職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)』 なお、カスハラは、個人客によるハラスメントといったイメージを持たれがちですが、 取引先も対象となります。 そのため、企業は業種を問わずカスハラの被害にあう可能性がある一方、逆にカスハラの 加害者となる可能性もあります。 カスハラの判断基準 カスハラの判断基準は法令等では定められていません。 そのため、企業は自社の判断基準を明確化し、その考え方や対応を十分に社内周知 しておく必要があります。 なお、考え方のひとつとして、以下の①②による観点で判断基準を決めることもできます。 ①顧客や取引先の要求内容に妥当性はあるか 自社サービスの過失や商品の欠陥などがあれば、改善を求めるクレームや苦情は妥当です。一方で、顧客の主張と事実を確認したとき、自社サービスや商品に過失が認められない などの事実無根の要求には妥当性がないと判断します。 ②要求する手段などが社会通念上相当な範囲か クレームの妥当性があったとしても、行き過ぎた要求や従業員の就業環境を害するもの など、社会通念上不相当なものはカスハラとなります。 たとえば、暴言や脅迫、長時間または執拗に繰り返されるクレームなどです。 状況次第では、傷害罪、暴行罪、脅迫罪、恐喝罪など、法令等に抵触する可能性も あります。 【カスハラとなる可能性のある行為例】 (出典)厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P9 カスハラがもたらす被害 カスハラは従業員にとって大きなストレスとなり、心身の不調を引き起こし、 休職や離職の原因になることもあります。 企業にとっても、クレーム対応にかかる時間コストの増加、休職や離職による人員不足、 それに伴う生産性の低下など、経営に大きくかかわります。 このようにカスハラは企業や従業員に大きな悪影響をもたらすため、カスハラ対策は 急務であるといえます。 (出典)厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P13 カスハラと労災認定 2023年9月、精神疾患の労災認定基準が改正されました。 この改正により「業務による心理的負荷評価表」に、カスハラとして 「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が 追加されました。 この評価表は精神疾患の労災認定に用いられ、心理的負荷の出来事や強度などが 示されています。 詳しくは、厚生労働省の通達の別表1を参考にしてください。 参考|厚生労働省『心理的負荷による精神障害の認定基準について』別表1 業務による心理的負荷評価表』 カスハラ対応の難しさ カスハラが、カスハラ以外のハラスメントと大きく違うのが、 ハラスメントの行為者が自社の役員や従業員ではない 点です。 ここにカスハラ対応の難しさがあります。 1 社内だけの対応では不十分 ハラスメントの行為者が自社の従業員の場合、ハラスメントであると判断されれば 指導や懲戒など適切な対応を速やかに行うことができます。 しかし、カスハラは行為者が自社以外の者であるため、行為者に直接措置を取ることは 簡単ではありません。 現場や人事労務部門など社内の関係部署だけでなく、状況によっては取引先や弁護士、 警察など外部との連携も重要になります。 (出典)厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P40 2 取引先との関係 取引先との関係では、お互いの立場の違いにより力関係に差が生じることもあります。 (例) ・業務の受注側よりも発注側が優位 ・企業規模が大きい側が優位 など このような力関係を利用し、立場の強い側が相手側に対し、過大な要求や不当な取引の 強制をすることはカスハラとなります。 さらに状況次第では、独占禁止法で禁止されている優越的地位の濫用などにより、 刑事罰や行政処分を受ける可能性もあります。 こうした事態にならないよう、取引先とは日頃から健全で良好な関係を維持しておくことが 重要です。 3 取引先との間で発生したカスハラ対応 ①取引先からカスハラを受けた場合 まずは、自社の被害を受けた従業員やその上司、周囲の従業員などから発生状況を確認 したうえで、取引先にハラスメント行為の事実確認を依頼します。 状況によっては、取引先の担当者と一緒に、ハラスメント行為の疑いがある従業員に 対して事実確認を行うことも考えられます。 ②自社の従業員が取引先にカスハラを行った場合 自社の従業員が、取引先へカスハラを行った疑いが発生した場合、速やかに事実確認を 行います。 カスハラが事実であると判断したときは、就業規則等に基づき懲戒処分などの対応を します。 取引先には、途中経過や決定事項の報告、謝罪、今後の再発防止など、真摯に向き合い 対応することが大切です。 企業が対応すべきこと カスハラが発生しているにもかかわらず、企業が適切な対応をとらなかった場合、 安全配慮義務違反となる可能性もあります。 さらには、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性もあり、実際に損害賠償請求を 認めた裁判例もあります。 ①賠償責任が認められた事例 ②賠償責任が認められなかった事例 (出典)厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P17 カスハラ発生時の対策はもちろんのこと、日頃から予防対策をとっておくことは 従業員のみならず企業を守るためにも重要です。 ここからは、カスハラ対策の例を紹介します。 1 カスハラ対策の基本方針や姿勢などの明確化 企業が、カスハラに屈することなく従業員を守る姿勢を示すことで、従業員が安心して 働ける職場環境を目指します。 2 カスハラ発生時の対応方法や手順を決めておく 現場ですぐに適切な対応ができるよう、対応方法や手順などの社内ルールを決めて おきます。マニュアルを作成することも有効な対策です。 3 相談体制の整備 相談窓口を設置するなど、迅速かつ適切に対応できる社内体制を整備します。 なお、カスハラ用に特別に窓口を設ける必要はありません。 2020年にパワハラ防止のため設置が義務化されたハラスメント相談窓口で カスハラの相談もできるように体制を整えておく方法もあります。 また、相談窓口の担当者は、一次対応者として事実関係の把握、被害を受けた 従業員への配慮など、慎重な対応が求められます。 カスハラに該当するか判断がつかない場合も含めて幅広い相談に応じるためにも 担当者向けの教育を定期的に行うことも大切です。 4 従業員の教育、研修 従業員への、カスハラに対する意識付けを定期的に行います。 ・カスハラに関する知識 ・対応方法など社内ルールの周知 ・相談窓口などの周知 ・自身が加害者側にならないための教育 など 5 被害従業員への配慮 被害を受けた従業員だけにカスハラ対応を続けさせることのないよう、 複数名または組織的に対応します。 そのほか、プライバシー配慮などカスハラから従業員を守ることを最優先します。 6 再発防止への取り組み 定期的に社内体制や社内ルールの見直しを行い、適切な体制づくりを継続的に行います。 【カスハラ対策チェックシート】 厚生労働省より、「カスタマーハラスメント対策チェックシート」が公開されています。企業用、従業員用の2種類があります。カスハラ対策にご活用ください。 参考|厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P52~P54 おわりに 日頃からカスハラ対策に取り組んでいる企業の従業員からは、「カスハラ行為者に対して 落ち着いて対応ができた」「安心して働けるようになった」「企業にとって好ましくない顧客が来にくくなった」などの声も聞かれます。 カスハラ対策は従業員、そして企業を守ります。積極的に取り組むことをおすすめします。

  • 【2023年度版】賞与計算のポイント

    毎月の給与とは別に臨時に支給する年3回以内の賃金のことを賞与といい、 一般的にはボーナスとも呼ばれます。 賞与は通常の給与とは計算方法が異なり、注意すべき点も多くあるため 違いを理解することが必要です。 今回は、賞与を支給するときに知っておきたい、基本的な計算手順や その注意点を解説します。 賞与とは 賞与とは、給与・俸給・手当・賞与など、どのような名称であるかを問わず、 労働の対償として支給するすべてのもののうち、3か月を超える期間ごとに 支給する賃金です。 業種によっては、年末年始手当などの繁忙期のみに手当を支給する企業も 多くありますが、支給回数によってはこちらも賞与と判断されます。 新たな施策、「社会保険適用促進手当」と賞与について 人手不足への対応が切迫した課題となるなかで、短時間労働者が「年収の壁」を 意識せず働ける環境づくりを支援するため、2023年10月、厚生労働省にて 「年収の壁・支援強化パッケージ」による支援が開始されました。 そのひとつの施策として発表されたものが「社会保険適用促進手当」です。 これは、短時間労働者への社会保険の適用を促進するため、従業員が社会保険に 加入するにあたって、従業員の社会保険料の負担を軽減するために 企業が支給する手当です。 最大2年間の時限措置とされていますが、給与・賞与とは別に支給するものとし、 保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定には考慮しないとされています。 参考|厚生労働省『「年収の壁」への当面の対応策』P8 「年収の壁・支援強化パッケージ」に関する詳細は、今後の労務マガジンで 解説する予定です。 賞与計算の基本 賞与計算の基本的な流れです。 1 賞与の支給額を決定する 賞与を支給できる資金(賞与の原資額)を決定します。 賃金規程などに基づき算定基準を確認したあと、企業や従業員の業績などに応じ て査定を行い、従業員ごとの支給額を決定します。 2 社会保険料を計算する 賞与支給時に控除する社会保険料は、給与計算時と一部異なります。 社会保険料を計算するときには、「標準賞与額」を使用します。 標準賞与額とは、総支給額(社会保険料・税金などを控除する前)から 1,000円未満の端数を切り捨てた額です。 【例】 賞与総支給額:525,500円 標準賞与額 :525,000円(※1,000円未満切り捨て) 健康保険料(介護保険料含む)と厚生年金保険料は、従業員と企業が半額ずつ 保険料を負担します。ここからは、従業員負担分についての計算方法を説明します。 【健康保険料(介護保険料含む)】 標準賞与額に健康保険料率を掛けて計算します。賞与支払月に40歳以上65歳未満の 従業員に対しては、賞与からも介護保険料を徴収する必要があります。 健康保険料率(介護保険料率含む)は、加入している健康保険の種類や都道府県によって 異なります。 協会けんぽの都道府県ごとの健康保険料率・介護保険料率・厚生年金保険料率は 以下のサイトの保険料額表よりご確認ください。 参考・ダウンロード|協会けんぽ『令和5年度保険料額表(令和5年3月分から)』 【例 大阪府の健康保険・厚生年金保険料率】 【厚生年金保険料】 標準賞与額に厚生年金保険料率(現在は18.3%)を掛けて計算します。 被保険者負担分の端数処理は、健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料とも、 原則50銭以下は切り捨て、50銭を超える場合は切り上げです。 ただし、労使間でこれまで慣習的な取扱いなど特約がある場合は、すべて切り捨てて しまっても差し支えありません。 【例】 50銭以下の場合:15,300.50円 ⇒ 15,300円を控除 50銭超えの場合:15,300.51円 ⇒ 15,301円を控除 【雇用保険料】 雇用保険料については、賞与支給額に雇用保険料率を掛けて求めます。 雇用保険料率は、通常の給与支給時と同じものになります。 3 所得税の計算をする 源泉徴収税率は、「前月の給与の総支給額から社会保険料を差し引いた金額」と 「扶養人数」によって決まるため、人によって異なります。 源泉徴収税率は、国税庁のホームページに掲載されています。 参考・ダウンロード|国税庁『賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表(令和5年分)』 【例】 ①「前月の給与の総支給額-社会保険料」を求める 340,000円-53,737円=286,263円 ②扶養人数と①の金額を「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」にあてはめ、 源泉徴収率を求める 扶養人数2人で①の金額が「286,263円」の場合、269,000円~312,000円未満の行に 該当 ⇒源泉徴収税率は4.084% ③賞与の総支給額から社会保険料等を差し引いた額に、②で求めた源泉所得税率をかける (732,500円-44,323円-66,978円-4,395円)×4.084%=25,190円(所得税) 算出した所得税に小数点以下の端数が出た場合は、1円未満の端数を切り捨てます。 賞与計算時の注意点 賞与計算時の注意点と対応についてご紹介します。 1 退職予定者・退職者がいる場合の社会保険料の取扱い 退職を予定している従業員や、すでに退職している従業員に賞与を支払う場合、 退職日や支給日によっては社会保険料を徴収しないことがあります。 企業が賞与から社会保険料を徴収する必要があるのは、従業員の資格喪失日 (退職日の翌日)の属する月の前月までです。 退職が月末の場合、資格喪失日は翌月1日となり、退職日以前に支給される賞与からは 社会保険料を徴収します。 退職が月末以外の場合、退職月に支給される賞与からの社会保険料の徴収は不要です。 【例1 賞与支給日:12月10日 退職日:12月20日】 資格喪失日が12月21日になるため、12月10日に支払われる賞与から社会保険料を 徴収しない 【例2 賞与支給日:8月5日 退職日:8月31日】 資格喪失日が9月1日になるため、8月5日に支払われる賞与から社会保険料を 徴収する 資格喪失日までに支払われた賞与については、支給日から5日以内に賞与支払届を 届出してください。 雇用保険料は、退職のタイミングにかかわらず、退職予定者や賞与支払時点で 退職している従業員からも徴収をします。 2 産前産後休業・育児休業中の従業員に賞与を支払う場合 産前産後休業・育児休業中に賞与を支給するときでも、社会保険料は免除の対象と なります。 なお、2022年10月1日以降に開始した育児休業等については、賞与を支払った月の 末日を含む連続した1か月を超える育児休業を取得した場合、賞与の社会保険料が 免除になります。1か月を超えるかどうかは暦日で判断し、土日などの休日も期間に 含みます。 【例】 参考|日本年金機構『育児休業等期間中の社会保険料免除要件が見直されます。』 3 賞与を年4回以上支給する場合 年4回以上賞与を支給する場合は、賞与ではなく報酬として扱われるため、 標準報酬月額の対象になります。 通常の賃金と合わせて社会保険料を計算しなければならないため、随時改定 (月額変更)や定時決定(算定基礎)のときは注意が必要です。 4 社会保険料計算時の賞与額の上限の確認 社会保険料がかかる賞与の上限額は法令等で定められています。 【健康保険:4月1日~翌年3月31日までの賞与の累計額573万まで】 <例 8月 200万円、12月 300万円、3月 100万円の賞与を支給する場合> 8月 200万円+12月 300万円+3月 100万円=600万円 →600万円ー573万円(上限額)=27万円 累計573万円を超えているため3月支給分のうち27万円には、健康保険料はかかりません。 【厚生年金保険:1か月の賞与額150万円まで】 <例 8月 200万円、12月 300万円、3月 100万円の賞与を支給する場合> ①8月200万円-上限額150万円=50万円 ②12月300万円ー上限額150万円=150万円 8月、12月は上限額150万円を超えているため、①50万円分、②150万円分には 厚生年金保険料はかかりません。 賞与支払届については、社会保険料計算時の賞与額の上限を超えていても 支払った金額で届出をしてください。 5 「前月の給与がない」または「前月給与の10倍を超える」場合 賞与から徴収する所得税の計算では、産前休業に入った従業員に賞与を支給するときの ように「前月の給与がない」場合や、ケガや病気により欠勤が多かったことから 前月給与が少ない従業員に賞与を支給するときなど、賞与の総支給額が「前月給与の 10倍を超える場合」は、法令等に定められた通常とは異なる方法により、所得税の 計算を行わなければなりません。 以下のサイトを参考に、正しい所得税の計算を行ってください。 参考|国税庁『賞与に対する源泉徴収』 まとめ 賞与は毎月の給与と違い支給回数が少ないため、計算時に基本の流れと注意点を 確認しながら進めることができれば、難しいものではありません。 現在では給与計算ソフトなどで処理を進めることもできますが、従業員から質問が 来たときにスムーズな回答ができるよう、基本の流れについて改めて確認されることを おすすめします。

  • 【2023年9月】精神疾患の労災認定基準が改正

    厚生労働省のまとめによると、2022年度の精神疾患に関する労災請求件数は2,683件、 労災支給決定件数は710件となっています。 過去20年の推移をみても、請求件数および支給決定件数のどちらも年々増加しており 支給決定件数は、統計を開始した1983年度以降、過去最多を4年連続で更新しました。 そのため、業務を原因とした精神疾患への対策が急がれています。 (出典)厚生労働省『精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書』P8 このような状況のなか、2023年9月に精神疾患の労災認定基準が改正されました。 今回は、精神疾患の労災認定基準の改正に関するポイントおよび企業の対策について 解説します。 精神疾患とは 精神疾患は、「心理的負荷」と「個体側要因」の関係により発病するといわれています。 ・心理的負荷:仕事やプライベートの出来事などによるストレス ・個体側要因:ストレスに対する個人ごとの反応のしやすさ つまり、同じ出来事によるストレスであっても、同時に複数発生したり、もともと本人が ストレスに反応しやすい性質であるなど、さまざまな要因が絡まり合い精神疾患が発病する ということです。 精神疾患が労災認定されるまでの流れ 精神疾患は、業務による強いストレスが発病の要因であると判断されたときに限り 労災認定されます。 具体的には、以下の3つの要件すべてに該当するかで判断されます。 ①認定基準の対象となる精神疾患を発病していること 精神疾患のうち認定基準の対象となるのは、「疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10回改訂版(ICD-10)」の「精神及び行動の障害」に分類される疾病です。 疾病の種類は以下の表のとおりで、業務に関連して発病する可能性のある精神疾患は、 おもにF2からF4に分類されるものです。 (出典)厚生労働省『精神障害の労災認定 過労死等の労災補償Ⅱ』P2 ②認定基準の対象となる精神疾患の発病前おおむね6か月のあいだに、業務による 強い心理的負荷が認められること 精神疾患の発病前の6か月間に、業務上の出来事が発病に強く影響を及ぼしたと 判断されることが必要です。具体的には、「業務による心理的負荷評価表」により 心理的負荷の強度が「強」と評価される場合です。 この評価は、業務による心理的負荷評価表に基づいて、心理的負荷が極度なものや 極度の長時間労働など「特別な出来事」に該当する場合は「強」となります。 また、「特別な出来事以外」である場合は、業務による心理的負荷評価表にある 「具体的出来事」の具体例やその出来事だけでなく出来事後の状況や経緯などの事実関係を もとに総合的に判断します。 なお、対象疾病に関与する業務による出来事が複数になる場合は、それぞれの出来事で 評価を行い、総合的に判断します。 「業務による心理的負荷評価表」は、厚生労働省の通達の別表1を参考にしてください。 参考|厚生労働省『心理的負荷による精神障害の認定基準について』別表1 業務による心理的負荷評価表』 なお、精神疾患の発病は、従業員本人の個体的要因にも影響されます。 そのため、心理的負荷の評価は、精神疾患を発病した従業員がどのように受け止めるか ではなく、その従業員の職種や年齢、経験、業務上の責任などが同じ程度である 他の従業員がどのように受け止めるかという一般的な観点から評価をします。 ③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと 【業務以外の心理的負荷の評価】 業務以外で発病に影響を及ぼしたと考えられる出来事について、「業務以外の心理的 負荷評価表」により心理的負荷の強度を確認します。 「強度Ⅲ」に該当する項目がある場合、それが発病の原因という判断が妥当であるかを 慎重に判断します。 「業務以外の心理的負荷評価表」は、厚生労働省の通達の別表2を参考にしてください。 参考|厚生労働省『心理的負荷による精神障害の認定基準について』別表2 業務以外の心理的負荷評価表』 【個体側要因】 個体側要因は、ストレスに対する個人ごとの反応のしやすさや性格などによるものです。 過去に精神疾患を発病していたり、アルコール依存などの状況がある場合などは その影響も考えられるため、医学的な発病の主因であるかの妥当性も含めて慎重に 判断します。 精神疾患の労災認定基準の改正ポイント 2023年9月、精神疾患の労災認定基準が改正されました。 ここからは、改正内容について主なポイントを解説します。 1 業務による心理的負荷評価表に「カスタマーハラスメント」を追加 カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)は、顧客などからの著しい迷惑行為のこと です。 厚生労働省が公表した企業および従業員への調査によると、過去3年間にハラスメントを 受けた従業員の割合ではカスハラが2番目に多く、そして企業内での相談件数はカスハラが 3番目に多いという結果となりました。 参考|令和2年度 厚生労働省委託事業『職場のハラスメントに関する実態調査』 このように、カスハラが社会問題化されている状況を受け、業務による心理的負荷評価表の 具体的出来事に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が 追加されました。 2 業務による心理的負荷評価表に「感染症などの危険性が高い業務」を追加 医療現場や介護施設など、新型コロナウイルスをはじめとした感染症に罹患する恐れが 一般より高い職場では、従業員は日々相当な心理的負担を抱えながら業務に従事することに なります。 そのため、業務による心理的負荷評価表の具体的出来事に「感染症等の病気や事故の 危険性が高い業務に従事した」が追加されました。 3 業務による心理的負荷評価表における「パワーハラスメント」の具体例を拡充 業務による心理的負荷評価表について、パワーハラスメント(以下、パワハラ)による 心理的負荷強度「強」の具体例として、以下の内容が明記されました。 ・パワハラの6類型すべて (人格否定発言、強い叱責、仲間外れ、過大な要求、過少な要求、プライバシー侵害) ・性的指向や性自認に関する精神的攻撃などを含むこと パワハラは、2022年度の精神疾患の労災支給決定件数のなかで一番多く、深刻な状況です。 今後は、パワハラの具体例が拡充されたことにより、パワハラの労災請求がこれまで以上に 適切に調査および評価され、労災認定される可能性が高まると予想されています。 4 精神疾患の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し 業務外ですでに発病していた精神疾患の悪化について、労災認定できる範囲が見直し されました。 今後は、特別な出来事がない場合でも、精神疾患の悪化前に、業務による強い心理的負荷が あったと医学的に判断されたときは、労災認定される可能性があります。 (出典)厚生労働省『精神障害の労災認定 過労死等の労災補償Ⅱ』P11 企業が対応すべきこと 企業は、労災を防ぐためにも、業務によるストレスから従業員を守り、ストレスの原因の 減少に努めることが大切です。 おわりに 業務による精神疾患は、発病した従業員本人の心身のつらさはもちろんのこと、 他の従業員への心理的影響、休業者の業務をカバーするための長時間労働の発生など 職場環境の悪化を招きます。 職場環境の整備は企業の責任とされています。働きやすい職場環境づくりのためにも、 業務によるストレス対策を継続的に行うことをおすすめします。

  • アルコール検知器の使用が義務化されます。

    2022年4月1日の道路交通法施行規則の改正に伴い、白ナンバー(マイカーや業務の移動・ 自社の荷物運搬を目的とする社有車など)の自動車を使用する企業に対し、 酒気帯びの有無を確認するアルコールチェックが義務化されました。 当初の計画では、2022年4月からアルコール検知器によるアルコールチェックも義務化 される予定でした。 しかし、アルコール検知器の需要が急激に増加し供給不足となったことから2022年10月に延期され、さらに2022年10月でも半導体不足やコロナ禍の物流停滞などの理由から 2度目の延期となっていました。 そして2023年12月1日、ついにアルコール検知器の使用が義務化されます。 今回の記事は、アルコール検知器によるアルコールチェックおよび企業が対応すべき ことについて解説します。 アルコールチェックの義務化とは 2021年6月、千葉県八街市にて、下校中の小学生の列に飲酒運転のトラックが衝突。 5名が死傷する大変痛ましい事故が発生しました。 当時、緑ナンバー(バスやタクシーなどの事業用自動車)の自動車に対しては アルコール検知器によるアルコールチェックが義務付けられていたものの、 白ナンバーの自動車には義務付けされておらず、このとき事故を起こしたトラックは 白ナンバーでした。 こうした背景のもと、警察による酒気帯び運転および酒酔い運転(以下、飲酒運転)の 根絶に向けた取り組みが強化されてきました。 その施策のひとつが、白ナンバーの自動車を使用する企業に対するアルコールチェックの 義務化です。 これにより、2022年4月から業務の乗車前後に安全運転管理者によるアルコールチェックが 義務付けられ、「目視等による酒気帯びの有無」「確認記録の保存」が実施されることと なりました。 【2023年12月から厳格化】 2022年4月から義務化されたアルコールチェックでは、目視等による酒気帯び確認でよいと されてきました。 しかし、この確認方法は2023年12月から厳格化され、以下の2つが安全運転管理者の業務に 追加されます。 ①運転者の酒気帯びの有無の確認を、目視等のほかアルコール検知器を使用して行うこと ②アルコール検知器を常時有効に保持すること 対象は「安全運転管理者」の選任事業所 義務化の対象となるのは、安全運転管理者を選任しなければならない事業所です。 選任は企業単位ではなく、事業所単位(本店、支店、営業所など)で行います。 安全運転管理者は、事業所で使用する乗車定員が11名以上の自動車が1台以上、 または乗車定員に限らず5台以上のときに選任が必要です。 安全運転管理者には、選任後15日以内に事業所を管轄する警察署への届出と、 毎年1回の講習が義務付けられています。 (自動車を20台以上使用しているときは、安全運転管理者以外に副安全運転管理者の選任も必要です。) 参考|警察庁『安全運転管理者制度の概要』 【安全運転管理者の選任基準】 (出典)警察庁・都道府県警察『令和4年4月より改正道路交通法施行規則が順次施行されます』P2 企業が理解・対応すべきこと これまで目視等による確認を実施してきた企業も、2023年12月に向けた準備が必要です。以下に解説します。 1 アルコール検知器の準備 アルコール検知器は、以下の機能があるものを使用しなければなりません。 ・呼気中のアルコールを検知する機能 ・呼気中のアルコールの有無または濃度を警告音、警告灯、数値などで示す機能 なお、メーカーや機種の指定・推奨はされていません。持ち運びできるもの、データを 集約し記録簿を作成できるもの、データをクラウド管理できるものなどさまざまな機能を 持つ検知器が各メーカーから発売されています。 よく検討し、自社にあった機種の購入をおすすめします。 2 検知器は常時有効に 2023年12月からは、アルコール検知器を常時有効に保持することが求められます。 「常時有効に保持」とは、常に正常に作動し、故障がない状態で保持しておくことを いいます。 アルコール検知器は適切に使用および管理し、定期的に故障の有無を確認しなければ なりません。 3 アルコールチェックの方法 確認方法は対面が原則です。安全運転管理者が目視等およびアルコール検知器により 確認します。 ・目視等:運転者の顔色、呼気の臭い、応答の声の調子などを確認 ・アルコール検知器:呼気中のアルコール濃度などを測定 運転前のアルコールチェックによりアルコールが検知された場合、当然ながら 運転させることはできません。 運転以外の業務を指示してください。 【アルコールチェックの対象者】 業務として運転を開始しようとする人と、運転を終了したすべての人が対象です。 役員や従業員にかかわらず、業務目的の運転であれば、社有車、マイカー、リース車など すべての自動車の運転者が対象となります。 ただし、通勤や私用のためにマイカーを運転する人や、業務として終日運転しない人は 対象外です。 【対面での確認が難しいとき】 直行直帰など対面での確認が難しいときは、それに代わる方法で確認します。 (例) 携帯電話やカメラ、モニターなどを利用して、安全運転管理者が運転者の顔色、 応答の声の調子などを確認する。 さらに、運転者に携帯型アルコール検知器を携行させて測定し、その結果を確認する。 また、安全運転管理者が休日などによる不在でアルコールチェックができない場合、 安全運転管理者業務の補助者や副安全運転管理者が確認してもかまいません。 【確認するタイミング】 運転の直前や直後である必要はなく、始業時や終業時でもかまいません。 また、日に何度も運転する場合、その都度確認を行う必要はありません。 (出典)和歌山県警察本部『安全運転管理者等による酒気帯びの有無の確認Q&A』P2 4 アルコールチェックの記録・保存 安全運転管理者が行ったアルコールチェックの記録は、1年間保存する義務があります。 保存方法は特に定められていないため、紙やデータなど自社にあった保存方法で かまいません。 なお、記録しなければならない項目は以下のとおりです。 ①確認者名 ②運転者名 ③運転者の業務に係る自動車のナンバーまたは識別できる記号、番号など ④確認の日時 ⑤確認の方法(対面でない場合は具体的な方法など) ⑥酒気帯びの有無 ⑦指示事項 ⑧その他必要な事項 5 アルコールチェックを怠ったときの罰則 安全運転管理者がアルコールチェックなど業務を怠ったことに対する罰則はありませんが、 安全な運転が確保されていないと判断されたときは、都道府県公安委員会により 安全運転管理者の解任を命じられる場合があります。 なお、アルコールチェックの実施の有無にかかわらず、実際に運転者である役員や 従業員が飲酒運転を行った場合、運転者だけではなく、企業も車両提供者として罰則を 科されるおそれがあります。 (出典)千葉県・千葉県警察・千葉県交通安全対策推進委員会『飲酒運転をしない・させない・許さない』P2 就業規則や社内規程の見直し アルコールチェックを適切に行うためには、従業員への十分な周知が欠かせません。 そのためにも、就業規則や社内規程の見直しを行い、アルコールチェックに関する内容を 定めておくことは非常に重要です。 以下は、規定内容の例です。 (アルコールチェックの実施方法) ・酒気帯びの有無の確認方法 ・記録・保存方法 ・アルコールが確認されたときの対応 など (服務規律) ・飲酒運転や飲酒運転ほう助の禁止 ・業務中の飲酒について ・業務時間外に飲酒をする場合、次の出勤時に体内にアルコールが残らないよう配慮 など (懲戒処分) ・飲酒運転や飲酒運転ほう助をしたとき ・アルコールチェックを拒否したとき など また、アルコールチェックだけではなく、安全運転管理者の選任や社用車の保守点検・ 整備、事故時の対応、マイカーの業務利用、法令遵守などをまとめた規程 (車両管理規程など)を作成することもおすすめします。 従業員への教育 アルコールチェックの重要性や飲酒運転の防止に向けた取り組みを一人ひとりが 十分に理解するためにも、従業員教育は欠かせません。 社内研修のほか、各地の自動車学校などが実施している企業向けの研修を利用する 方法もあります。 また、警察庁や都道府県などの行政機関が発行する飲酒運転防止のリーフレットを 社内に掲示するなど、啓発ツールを活用することもおすすめします。 (出典)警察庁・都道府県警察『飲酒運転根絶のリーフレット(表)』 (出典)警察庁・都道府県警察『飲酒運転根絶のリーフレット(裏)』 おわりに アルコールチェックは、運転者である役員や従業員、そして他者の大切な命を守るための 取り組みです。 また、業務中に役員や従業員が飲酒運転を起こした場合、企業も社会的信頼を失うおそれが あります。 そのためにも、アルコールチェックの徹底および従業員教育などを十分に行うことが 大切です。

  • 【2023年度版】被扶養者資格の再確認について

    毎年度実施されている、全国健康保険協会(以下、協会けんぽ)の 「被扶養者資格の再確認」が今年度も行われます。 協会けんぽのまとめによると、2022年度の被扶養者資格を再確認した結果、 約7.8万人が被扶養者から削除となり、約9億円の前期高齢者納付金の負担削減効果が 見込まれています。 こうした数字からも分かるように、被扶養者資格の再確認は、保険給付の適正化や 保険料負担の軽減を図るための非常に大切な手続です。 今回の記事では、協会けんぽに加入している企業の実務担当者が理解しておくべき ポイントを解説します。 なお、健康保険組合でも同様に被扶養者資格の再確認が実施されますが、実施時期や 確認方法はご加入の健康保険組合にご確認ください。 被扶養者状況リストの到着 2023年10月25日から11月13日にかけて、協会けんぽから企業宛に被扶養者状況リストなどの書類が届く予定です。 企業はこの被扶養者状況リストをもとに、被扶養者資格の再確認を進めていきます。 再確認ができない状態が続く被扶養者については、法令等により被保険者証が無効となる 可能性もありますので必ず提出してください。 なお、再確認の対象となる被扶養者がいない事業所には書類は発送されないため、 今回の再確認および提出は不要です。 1 再確認の対象となる被扶養者 対象は、2023年9月16日現在の被扶養者です。 ただし、以下の被扶養者は対象外のため再確認は不要です。 (被扶養者状況リストの備考欄に「確認不要」の印字がされています。) ・2023年4月1日において18歳未満の被扶養者 ・2023年4月1日以降に被扶養者となった人 2 書類の種類 届く書類は以下のとおりです。このうち記入および提出が必須なものは被扶養者状況リスト です。 ①被扶養者状況リスト(2枚複写) ②リーフレット ③被扶養者調書兼異動届 ④被扶養者現況申立書 ⑤返信用封筒 3 提出期限 2023年12月8日(金) 再確認の実施方法 リーフレットに再確認の手順が記載されています。大まかな流れは以下のとおりです。 ①確認区分の確認 ②認定要件の確認 ③確認結果を被扶養者状況リストに記入 ④提出書類の準備 ⑤提出書類の郵送 確認区分の確認 協会けんぽでは、マイナンバー情報の照会により取得した被扶養者情報をもとに、 被扶養者を6種類の区分(「同居」「別居」「要同居」「海外在住」「資格重複」 「判定不能」)に分けています。 この区分を確認区分といいます。 確認区分は、被扶養者状況リストの「確認区分」欄に記載されています。 記載の確認区分が現在の状況と異なる場合、二重線で抹消のうえ、正しい確認区分を 記入してください。 (出典)協会けんぽ『被扶養者資格の再確認とご提出のお願い』 認定要件の確認 被扶養者認定要件(以下、認定要件)とは、今後も継続して被扶養者となるために 確認が必要な要件です。 認定要件は確認区分によって異なります。被扶養者ごとに、どの認定要件を確認しなければ ならないか把握し、被保険者である従業員に対し、文書または口頭により必要事項を 確認してください。 なお、協会けんぽより、文書で確認するときに使用できる調査票が紹介されていますので 参考にしてください。 参考・ダウンロード|協会けんぽ『被扶養者資格再確認調査票 表(Excel)』 参考・ダウンロード|協会けんぽ『被扶養者資格再確認調査票 裏(PDF)』 ここからは、確認区分ごとに認定要件の内容を解説します。 1 確認区分:同居の場合 被扶養者の今後の見込み年収額を確認してください。今後も継続して被扶養者となるため には、年収が以下の範囲内であることが必要です。 被扶養者の年収が、「130万円未満」かつ「被保険者の年収の1/2未満」 2 確認区分:別居の場合 被扶養者の今後の見込み年収額を確認してください。今後も継続して被扶養者となるためには、その年収が以下の範囲内であることが必要です。 被扶養者の年収が、「130万円未満」かつ被保険者からの「仕送り額より少ない」 3 確認区分:要同居の場合 被扶養者が、以下の続柄以外の場合、被保険者と同居していることが必要です。 同居・別居の確認をしてください。 ・配偶者(事実婚含む) ・被保険者の直系尊属(※) ・子、孫、兄弟姉妹 ※直系尊属とは、父母、祖父母など自分より前の世代で、直通する系統の親族のこと なお、事実婚(内縁関係)の配偶者は同居・別居を問いませんが、事実婚の配偶者の父母 および子は同居していることが必要です。 (出典)協会けんぽ『被扶養者資格の再確認とご提出のお願い』 4 確認区分:海外在住の場合 留学生や海外赴任に同行する家族など、以下の海外特例要件を満たす人については、 日本国内に生活の基礎があると認められ、継続して被扶養者となることができます。 (出典)協会けんぽ『被扶養者資格の再確認とご提出のお願い』 5 確認区分:資格重複の場合 被扶養者自身が被保険者として健康保険に加入していないか確認してください。 (例) ・子どもが、就職などにより新たに健康保険の資格を取得している ・配偶者が、以前加入していた国民健康保険を脱退していなかった など 6 確認区分「判定不能」の場合 まず、被扶養者の現在の状況(収入額、同居か、他の保険に加入しているか、など)を 確認し、どの確認区分に該当するかを判断します。 つぎに、その確認区分に従って認定要件の確認を行ってください。 確認結果を被扶養者状況リストに記入 被扶養者の認定要件を確認後、その結果を被扶養者状況リストに記入します。 1 認定要件を満たすとき 「変更なし」の欄にチェックを入れてください。 なお確認区分が「判定不能」の被扶養者が以下に該当する場合は、該当項目にもチェックを 入れます。 ①被扶養者が被保険者と別居の場合:「被保険者と別居している」にチェック ②被扶養者が海外に在住(国内に住民票なし)の場合:「海外に在住している」にチェック 2 認定要件を満たさなかったとき 「解除となる」の欄にある以下のいずれかにチェックを入れてください。 ①今回扶養から解除となる場合:「被扶養者調書兼異動届を添付」にチェック ②すでに「被扶養者異動届」または「資格喪失届」を提出済の場合:「日本年金機構へ届出済」にチェック 【被扶養者状況リスト】 (出典)協会けんぽ『被扶養者資格の再確認とご提出のお願い』 提出書類の準備 提出書類は、認定要件の確認結果(「変更なし」または「解除となる」)や 被扶養者の確認区分によって異なります。 下図を参考に、被扶養者ごとに必要な提出書類を準備してください。 ①「変更なし」にチェックを入れたときの提出書類 ②「解除となる」にチェックを入れたときの提出書類 ここからは、各提出書類について解説します。 1 被扶養者状況リスト ここまで解説した手順に従って、リストを作成してください。 なお、このリストは2枚複写です。 1枚目を提出し、2枚目は事業主控として保管してください。 2 被扶養者現況申立書 被扶養者が以下に該当するときに、現在の状況を申し立てる書類です。 ・被保険者と別居 ・海外在住 ・世帯分離をしているとき 参考・ダウンロード|協会けんぽ『被扶養者現況申立書』 3 仕送りの事実と仕送り額が確認できる書類 送金者名、受取人名および仕送り額が確認できる書類を提出します。(直近1か月分) なお、学生は省略可能です。 ・振込の場合:預金通帳等の写し、振込明細書など ・送金の場合:現金書留の控えなど 4 被保険者と被扶養者の住民票 世帯分離をしているとき、確認区分が「要同居」と判定されることがあります。 その場合、同じ住所に住んでいることを証明するため、住民票を提出します。 5 海外特例の該当が確認できる書類 該当する海外特例要件ごとに定められた書類を提出します。 (出典)協会けんぽ『被扶養者資格の再確認とご提出のお願い』 6 被扶養者調書兼異動届、被保険者証 確認の結果、扶養解除となる被扶養者がいる場合、被扶養者調書兼異動届を記入のうえ 提出します。 このとき、被扶養者の被保険者証も返却となるため添付してください。 (高齢受給者証や特定疾病療養受療証なども交付されている場合、これらも返却となるため添付) 参考・ダウンロード|協会けんぽ『被扶養者調書兼異動届』 なお、被保険者証を返却できない場合、健康保険被保険者証回収不能届を 添付してください。 参考・ダウンロード|協会けんぽ『健康保険被保険者証回収不能届』 提出書類の郵送 被扶養者状況リストの記入および提出書類の準備ができたら、同封の返信用封筒にて 協会けんぽにご提出ください。【提出期限:2023年12月8日(金)】 なお、2023年12月20日まで、被扶養者資格再確認業務専用ダイヤル (電話番号:0570-023-123)が設置されています。 不明な点などがあれば、専用ダイヤルまたは協会けんぽ都道府県支部へご相談ください。 おわりに 本来、被扶養者が扶養の要件に該当しなくなったときは、その都度、被保険者である 従業員が企業に報告しなければなりません。 しかし、扶養から外す報告は忘れてしまいがちな報告のひとつです。 そのためにも、たとえば卒業・就職などライフスタイルが変わる人の多い4月前後には 扶養の外し忘れがないよう社内周知するなど、従業員の扶養に関する認識を高めることを おすすめします。

  • 2024年4月から労働条件の明示ルールが改正されます

    企業は、従業員との労働契約の締結時や更新時には、法令等で定められた労働条件を 従業員に明示しなければならず、これをしなかった場合には罰金が科せられることが あります。 2024年4月には、法令等上明示しなければならない労働条件の項目が増えるため、 従業員に交付する労働条件通知書の項目を見直す必要が出てきました。 今回の記事では、労働条件通知書の概要と運用方法や、2024年4月からの変更点を 紹介します。 労働条件通知書とは 労働条件通知書とは、労働契約の締結時や更新時に従業員に交付する、賃金や 労働時間などの法令等で定められた労働条件を記載した書類です。 正社員やアルバイトなどの名称にかかわらず、全ての従業員が交付対象となります。 派遣労働者の場合は、派遣元の会社が労働条件通知書を書面で交付する必要があります。 労働条件の明示 現時点での法令等上、明示しなければならない労働条件は以下のとおりです。 「企業にその制度がある場合には明示しなければならない項目」については、 企業にその制度がある場合のみ明示しなければなりません。 また昇給に関することは、正社員に対しては口頭でもよいとされていますが、 アルバイトなどの有期契約労働者には書面で明示しなければならないため、 正社員にも書面で通知できるよう準備をおすすめします。 【法令等上明示しなければならない項目】(2024年3月末日まで) 労働条件通知書の運用方法 労働条件通知書は、雇用契約書の交付で代替ができます。 ただし、雇用契約書には法令等上明示することを義務付けられている項目が 記載されていなければなりません。 労働条件通知書の交付は、従業員が希望した場合に限って、FAXや電子メール、 SNSのメッセージ機能などでも行うこともできます。 ただし、書面にするためにプリントアウトができる方法でなければなりません。 万が一、労働契約の締結時や更新時に企業側が労働条件の明示を行わなかった場合や、 従業員が希望していないにもかかわらず電子メールなどのみを用いて労働条件の明示を 行った場合は、罰金が科せられることがあります。 2024年4月からの変更点について 2024年4月から、明示しなければならない労働条件の項目が追加されます。 追加される項目は、以下の1から4です。 1 就業場所・業務の変更の範囲 働く場所や業務内容だけではなく、将来的に変更の可能性がある範囲を明示する必要が あります。 人事異動や配置転換をする可能性がある場合には、必ず記載しなければなりません。 2 更新上限の明示(有期契約労働者の場合のみ) 有期契約労働者との労働契約の締結時と更新時に、有期労働契約の通算期間または 有期労働契約を更新できる回数に上限がある場合については、その内容の明示が 必要になります。 【更新上限の明示の例】 ・契約期間は通算4年を上限とする ・契約の更新回数は3回まで など 3 無期転換申込機会の明示(有期契約労働者の場合のみ) 無期転換申込権が発生する更新(※)のたびに、希望をすれば無期労働契約へ 変更できる旨について明示する必要があります。 4 無期転換後の労働条件の明示(有期契約労働者の場合のみ) 無期転換申込権が発生する更新(※)のたびに、無期労働契約へ変更した後の 労働条件について明示する必要があります。 ここで明示する必要のある労働条件は、通常明示する必要のある項目と同様です。 ※無期転換申込権が発生する更新とは 更新によって、同一企業との労働契約の通算期間が5年を超えることです。 以上の4項目はいずれも書面での明示が必要となる項目です。以下のパンフレットや Q&Aも参考にしながら、事前に労働条件通知書のつくり直しをおすすめします。 参考|厚生労働省『2024年4月からの労働条件明示のルール変更、備えは大丈夫ですか?』 参考|厚生労働省『令和5年改正労働基準法施行規則等に係る労働条件明示等に関するQ&A』 おわりに 労働条件の明示および労働条件通知書の交付は、従業員との労働契約の締結時や 更新時に必ず行う大切な手続です。 書面で交付を行う必要がある項目は法令等上では限られていますが、 労働条件はなるべく書面で確認できる方がよいでしょう。 契約内容を明確にすることは、労使間のトラブル防止にも繋がります。 また、労働条件通知書を作成するときには、就業規則との関係を念頭に置く 必要があります。 労働条件通知書に記載した労働条件が、就業規則に定めた労働条件より下回る場合、 労働条件通知書の内容は無効となり、就業規則の内容が優先されます (労働条件通知書の労働条件が就業規則の労働条件を上回る場合は、労働条件通知書の 内容が優先されます)。 労働条件通知書を作成する際は、必ず就業規則の内容と見比べることをおすすめします。

  • 知っておきたい、個別労働紛争とその解決制度

    「労使紛争」という言葉を、一度は耳にしたことがある方も 多いのではないでしょうか。 労使紛争には、労働組合など交渉力を持つ集団と企業との対立 といったイメージを持たれがちですが、従業員1名の企業であっても 労使紛争へと発展する可能性があります。 今回の記事では、労使紛争のなかでも個々の従業員と 事業主とのあいだで生じる労使紛争(以下、個別労働紛争)について 解説します。 「いじめ・嫌がらせ」が相談件数11年連続トップ 厚生労働省がまとめた「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、 2022年度に発生した個別労働紛争(法令等の違反に関するものを除く)の内容については、 「いじめ・嫌がらせ」が69,932件にのぼります。 このいじめ・嫌がらせは、後述する個別労働紛争解決制度の1つである 「専門の総合労働相談員による労働相談」では、11年連続で最多となっています。 参考|厚生労働省『令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況を公表します』 この「いじめ・嫌がらせ」の件数には、2022年度以降、法令等の違いにより パワーハラスメントに関する相談件数は含まれていません。 しかし、2022年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における 「職場におけるパワーハラスメント」に関する相談件数は50,840件にのぼり、 事実上の「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は、合わせて12万件を超えています。 このことからも、「いじめ・嫌がらせ」に関する問題解決には、 ハラスメントの防止対策を打つ必要性が分かります。 (出典)厚生労働省『令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」を公表します』 P4 個別労働紛争の解決手段と制度 「いじめ・嫌がらせ」を含め、個々の従業員と事業主(以下、紛争当事者)とのあいだで、 職場環境や労働条件などをめぐって何らかのトラブルが発生したとき、 お互いの主張が平行線をたどるなど、企業内で解決に至らず、話が錯綜して 泥沼化する場合もあります。 このように自主的な解決が困難となった場合、解決手段として主に以下のようなものがあります。 都道府県労働局や都道府県、民間団体、裁判所などが主体となって これらの解決制度(個別労働紛争解決制度)を実施しています。 あっせんによる紛争解決 個別労働紛争解決制度のひとつに、都道府県労働局が無料で行う制度があります。 この制度には、専門の総合労働相談員が対応する「労働相談」、紛争当事者に対して 問題点の指摘や自主的な解決の方向を示す「助言・指導」などがあります。 そして、これらだけでは解決に至らなかったときのさらなる解決手段として 「あっせん」も行っています。 ここからは、個別労働紛争解決制度のひとつである「あっせん」について解説します。 1 あっせんの特徴 あっせんとは、都道府県労働局に置かれる紛争調整委員会が紛争当事者のあいだに入り、 お互いの主張を確認し、両者に具体的なあっせん案(解決案)を提示するなどして 紛争の解決を図る手段です。 紛争調整委員会は、弁護士、大学教授、社会保険労務士などの労働問題の専門家によって 構成されています。 ・対象となる紛争:労働条件や職場環境、労働契約など(あっせんについては 募集・採用関係は対象外) ・迅速かつ無料:裁判と比べて時間がかからず、無料で実施できる ・合意の効力:受け入れたあっせん案は民法上の和解契約(※)の効力をもつ ※和解契約とは、お互い譲歩し争いをやめることを約束する契約 ・プライバシーの保護:あっせんの手続は非公開 なお、従業員があっせんの制度を利用したことを理由として、事業主が従業員に対して 解雇その他不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。 2 あっせんで解決に至らなかった場合 紛争当事者のいずれかがあっせん案に合意しなかったり、あっせんに不参加だったりと、 紛争の解決に至らなかったときの個別労働紛争解決制度による次の手段には 「労働審判」や「民事訴訟」などがあります。 これらは、あっせんと違い、裁判所による有料の制度です。 ①労働審判 労働審判は、地方裁判所に置かれる労働審判委員会が紛争当事者とのあいだに入り、 話し合いによる解決を図ります。期日(手続を行う日)は原則3回以内です。 なお、労働審判があっせんと大きく異なるのは、話し合いが不調に終わったときです。 この場合、労働審判委員会が最終判断(労働審判)を下し、紛争当事者のいずれかが 審判に対して2週間以内に異議申立てをすれば訴訟に移行し、異議がなければ 審判が確定します。 ②民事訴訟 民事訴訟では、さまざまな手段によっても紛争解決に至らなかったときなどの 最終的な手段として、裁判所の判決による紛争解決を図ります。 労働審判と違い期日回数の制限がないため、民事訴訟は解決までかなりの時間を 要することもあります。 企業がとるべき対応 ここまで述べたように、あっせんは労働審判や民事訴訟に比べ、時間や費用の面からも 負担の少ない解決方法であるといえます。 紛争内容にもよりますが、労働審判や民事訴訟のようなトラブルに発展しないよう、 あっせんによる解決を図ることが望ましいといえます。 そのため、従業員があっせんの申請を行った場合、企業が適切に対応できるよう、 あらかじめあっせんの制度について理解しておくことが大切です。 1 あっせんの流れ 従業員があっせんを申請した場合の基本的な流れは以下のとおりです。 ①企業のもとに紛争調整委員会から「あっせん開始通知書」が届く ②企業は、あっせんへの参加・不参加の意思を伝える ③参加の場合、あっせんの日程が決定・実施される (不参加の場合は打ち切りとなる) 画像ファイル(.jpg、.jpeg、.png)を選択 2 あっせん開始通知書 ある日突然、紛争調整委員会からあっせん開始通知書が届くと、企業としては 驚き身構えてしまうかもしれません。 しかし、ここで冷静に対応することが大切です。 あっせん開始通知書で、企業側のあっせんへの参加・不参加の意思確認が求められるため、 期日までに回答します。 なお、参加・不参加は企業の自由であり、不参加の場合でも企業に対し不利益な取扱いが なされることはありません。 3 あっせんへの参加 参加を選択した場合、紛争当事者双方の希望も考慮したうえで日程が決定されます。 そして、あっせん当日は以下のような内容が実施されます。 ①紛争当事者双方の主張を聞く ②紛争当事者双方による話し合いを促す ③紛争当事者双方が求めた場合、あっせん委員があっせん案を提示 この後、紛争当事者双方があっせん案を受諾した場合、あるいは話し合いに 合意した場合は、解決となり終了します。 一方、どちらかがあっせん案を受諾しなかったり、話し合いに合意しなかったときは、 あっせんは打ち切りとなります。その後については、このまま終了となる場合もあれば 、労働審判など別の手段に進む場合もあります。 4 対応しなかった場合のリスク 不参加を選択した場合、あっせんは打ち切りとなります。 しかし、紛争自体が終了するわけではありません。あっせんを申請した従業員にとっては 解決が図れなかったという結果となり、さらには不参加という企業の対応に ますます不信感を募らせ、トラブルが大きくなるリスクもあります。 その結果、労働審判や民事訴訟に発展する可能性もあります。 そのため企業としては、あっせんに参加し解決に向けた姿勢を示すことが、 トラブルを最小限に抑えるための選択ともいえます。 特定社会保険労務士の利用 企業があっせんに参加する場合、無事に円満解決できるかなど不安が多いものです。 その場合、専門家にあっせん代理を依頼する方法もあります。 あっせん代理の業務が認められているのは、弁護士と特定社会保険労務士です。 日頃から労務管理などを依頼している特定社会保険労務士がいる場合は、 状況も把握してもらいやすいため、その特定社会保険労務士に依頼するのも 一つの方法です。 また、全国社会保険労務士会連合会のWEBサイトには各都道府県にある社労士会の 会員リストが掲載されており、そちらから特定社会保険労務士を検索することもできます。 参考|全国社会保険労務士会連合会『社労士を探す』 あっせん開始通知書が届いた段階で早めに相談し、適切な対応を取ることを おすすめします。 おわりに 従業員と事業主とのあいだで発生するさまざまな労働問題では、企業内で解決を試みるも お互いが感情的になったり、一方が話し合いに応じないなど、両者の歩み寄りが難しい 状況もよく見受けられます。 紛争がこじれてしまった場合、労働審判や民事訴訟など裁判所による解決手段は ありますが、2022年の民事全体の平均審理期間は10.5か月と年々長期化の傾向にあります。 これは企業にとって、金銭的・時間的にも非常に大きな負担となり、状況によっては 社会的イメージの低下にも繋がりかねません。 そのため、あっせんの活用で両者が歩み寄り、円満・迅速に問題解決を図ることは、 非常に有効な手段といえます。

  • SNSへの書き込みによる「炎上」と経営上のリスク

    すべての世代でインターネットが身近になり、Facebook、twitter、 Instagram、LINEなど コミュニケーションツールとしてのSNSが多様化しました。 企業内でもデジタルツールを用いた労使コミュニケーションが活用されていますが、 メリットもある一方で、SNSへの書き込みによる「炎上」などが企業経営を脅かすことも 増えてきました。 技術革新の進展がなぜ企業経営を脅かすのか SNSの使い方や情報の扱い方には、世代間や個人によって差があります。 ものごころついた頃からスマホやパソコンなど、さまざまなメディア機器に囲まれて 生活してきた世代の従業員は、デジタルネイティブ世代とも呼ばれ、 日頃からSNSに身近に接しています。 しかしSNS投稿は不特定多数の人たちが見るものです。 不適切な投稿は、社会的制裁による営業停止や多額の損失に繋がり、廃業に追い込まれる ケースもあるため、企業内でもネットリテラシーが問題視されるようになってきました。 SNSへの書き込みによる「炎上」 総務省「情報通信白書」では、炎上の定義を ウェブ上の特定の対象に対して批判が殺到し収まりがつかなさそうな状態や、 特定の話題に関する議論の盛り上がり方が尋常ではなく、多くのブログや掲示板などで バッシングが行われる状態としています。 SNSへの書き込みによる炎上は携帯電話やSNSが普及し始めた2011年を境に急激に 増加しており、個人だけでなく企業も炎上の対象となっています。 「炎上」の具体的な事例 【ケース1】 職場の不本意な処遇への不満をSNS上に投稿 ある従業員は、日常の情報交換の場としてSNSを使用していましたが、 ある日職場で受けた不本意な処遇の愚痴をSNS上に投稿しました。 その後、アカウントや投稿写真などから、投稿者の企業名が特定されます。 そして同じ問題意識を持つ多くの一般ユーザーからの共感が集まり、その企業に対して 社会的な批判が巻き起こります。 従業員は厳重注意として処分を受け、SNS投稿を削除しますが、ネット上に刻まれた情報は デジタルタトゥーと称されるように半永久的に残ることになりました。 【ケース2】 飲食店のアルバイト店員が厨房の冷蔵庫やシンクに入って、悪ふざけ写真を投稿 アルバイト店員が厨房のシンクや冷蔵庫に身体をいれたり、寝そべったりなど、 不適切で不衛生な悪ふざけ写真をネットにアップしたことで騒動になりました。 その企業は、営業停止、保存食材の廃棄、冷蔵庫などの清掃を行いましたが、 信用は回復せず事業停止に追い込まれています。 これはアルバイト先での不適切な動画をアップする若者の行為、バイトテロのケースの 一つです。 バイトテロによる炎上は、ニュースでも数多く取り上げられ、企業名も公表されます。 不衛生な状態での食品販売・提供が認められたときは、食品衛生法違反にもなり、 飲食店として社会的信頼の回復が困難となります。 【ケース3】 空港内の土産店で、俳優のクレジット伝票を女性店員がtwitterへ投稿 某俳優を接客した女性店員がクレジット伝票を撮影し、LINEで別の店員数名に 送信したところ、受信したアルバイト女性が俳優を名指しした上で、 カード番号の一部や署名が写った画像をtwitterへ投稿したケースです。 土産店を営む企業は、俳優や所属事務所に謝罪しました。 飲食店や宿泊施設などには、著名人・芸能人が来店することもあるでしょう。 それを従業員が不用意に投稿すれば、顧客情報の漏えいとなり、企業全体の信頼が 失墜します。 特にこのようなケースのtwitterでの炎上は、バカッターとも呼ばれ、 過去、ネット流行語大賞にもランクインしています。 【ケース4】 紳士服販売店が「透けハラ」対策をテーマにキャンペーンとしたところ、意図せぬ批判 某紳士服販売店が「透けハラ」を解決するための透けないシャツのマーケティングとして、 自身が体験したシャツの透け体験をtwitterで募集したところ、ハラスメントをあおっている 表現ではないかと炎上しました。 その後、「透けハラ」キャンペーンは一時中止されました。 企業が発信した内容が、企業意図と異なる表現として一般ユーザーに受け取られ批判が 広まったことによる炎上です。 企業がマーケティングとして狙った発信であっても、不適切な内容であるときは、企業の評価が下がったり信頼を失うリスクもあります。 企業ができるリスク対策とは 1 就業規則の見直し 就業規則には、会社として守らなければならないルールを記載する服務規律という部分が あります。 労働基準法では、記載の有無や範囲が定められていませんので、定期的に現代の働き方に あった服務規律の見直しを行う必要があります。 勤務中のSNS等の閲覧や不用意な投稿の禁止、職務で知り得た個人情報の取扱について などを、服務規律に記載されることをおすすめします。 対象の範囲については、在籍中だけでなく退職後においても同様とすることも重要です。 職場内に、デジタルデバイスを持ち込むことを禁止することも有効です。 規定例の一つをご紹介します。 【規定例】 労働時間中に、職務に関係のないWEBサイトやSNSを閲覧し、または投稿を行わないこと。また、SNSその他の場所において職務上必要のない社内情報の発信を行わないこと。 より詳細にルールを定めたいときは、秘密情報保護規程やSNS利用管理規程など、 就業規則とは別の規程を定めます。 2 ITリテラシーを高める研修など ITリテラシーとは、ITに関連する情報技術の理解力、使いこなすスキルのことです。 研修等によるITリテラシーの向上は、生産性向上、適切なコミュニケーション、 セキュリティの強化に繋がります。 また、コンプライアンス研修などで企業を取り巻く法令等に関する具体例を材料として、 従業員ひとり一人にコンプライアンスの意識づけをすることもおすすめです。 3 労使コミュニケーションの強化 コミュニケーションの不足が不適切な投稿を招くこともあります。 特にデジタルネイティブ世代の従業員にとって、愚痴や疑問は社内ではなくSNSに 聞くことは当たり前になっています。 労働環境に関する考え方が多様化している今だからこそ、1on1などの定期面談などで 労使コミュニケーションの強化をはかり、企業と従業員の認識の違いを埋める必要が あります。 タイムラインを通じた個人の価値観の強化 SNSのタイムラインでは、自分の関心のあるものや共感できる人をフォローする ことにより、自分の求める情報を自動的に受信できます。 自身の価値観や労働環境に関する個人的な考え方などを発信すれば、同様の問題意識を 持つ人の共感を即時に得られることから、個人の考え方が強められ、職場への不満が 悪化しがちです。 SNS投稿で日頃のストレスや苛立ちを吐き出し、気持ちのコントロールをしようとする 人も少なくありません。 技術革新の進展は、企業経営にポジティブにもネガティブにも影響を及ぼします。 企業が目指す姿や企業ルールについて従業員と認識を共有した上で、新技術を円滑かつ 効果的に活用できるよう社内整備やITリテラシー研修を進めてください。

  • 令和5年分年末調整の変更点について(年末調整書き方ガイド付)

    企業が給与を支払うときに、従業員の給与や賞与から所得税を徴収することを 源泉徴収といいます。 しかし毎月徴収している所得税の額はあくまで概算の金額のため、年末調整により 税額を確定します。 年末調整とは、年末に本来徴収すべき所得税の一年間の総額を再計算し、既に源泉徴収 している合計額と比較して過不足金額を調整することをいいます。 今回の記事では、令和5年分の年末調整の変更点をまとめました。 年末調整の対象となる人 年末調整の対象者は、年末調整を行う日までに「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」 を提出した人です。 年末調整には、12月に行う年末調整と年の途中で行う年末調整の2種類があります。 【12月に行う年末調整の対象者】 対象者は、企業に1年を通じて勤務している人や、年の途中で就職して年末まで勤務して いる人です。 ただし、以下のいずれかに当てはまる人は除きます。 ・その年の給与収入が2,000万円を超える人 ・震災や火災などの災害減免法の規定により、その年の給与に対する所得税および 復興特別所得税の源泉徴収について徴収猶予や還付を受けた人 ・2か所以上から給与の支払を受けており、自社以外へ扶養控除等(異動)申告書を 提出している人 ・年末調整を行うときまでに扶養控除等(異動)申告書を提出していない人 【年の途中で行う年末調整の対象者】 対象者は、以下のいずれかに当てはまる人です。 ・海外支店等に転勤したことにより非居住者となった人 ・死亡によって退職した人 ・著しい心身の障害のために退職した人(退職した年に再就職し、給与の支払を受ける 見込みのある人は除きます。) ・12月に支給されるべき給与等の支払を受けた後に退職した人 ・パートタイマー等で働いていたが退職し、本年中に支払を受ける給与の総額が103万円 以下の人(退職した年に再就職し、給与の支払を受ける見込みのある人は除きます。) 令和5年分年末調整について 令和5年9月22日、 国税庁より「令和5年分年末調整のための各種様式等」が発表 されました。 【令和5年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書のイメージ】 以下より、ダウンロードしてください。 参考・ダウンロード|国税庁『令和5年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書』 【令和6年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書のイメージ】 以下より、ダウンロードしてください。 参考・ダウンロード|国税庁『令和6年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書』 【令和5年分 給与所得者の保険料控除申告書のイメージ】 以下より、ダウンロードしてください。 参考・ダウンロード|国税庁『令和5年分 給与所得者の保険料控除申告書』 【令和5年分 給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書のイメージ】 以下より、ダウンロードしてください。 参考・ダウンロード|国税庁『令和5年分 給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書』 令和5年分年末調整のポイント(昨年からの変更点) 令和5年分の年末調整は、過去の源泉所得税の改正の影響により、おさえておきたい変更点が3つあります。 1 非居住者である扶養親族にかかる扶養控除に関する適用の変更 令和2年度税制改正により、令和5年1月1日以降、扶養控除の対象となる扶養親族の範囲から、30歳以上70歳未満の国外に居住する非居住者が除外されます。 この改正に伴い、「令和5年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」から、非居住者である親族欄が変更されています。 (出典)国税庁『令和5年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書』 ただし、一定の要件のいずれかに該当する場合は今まで通り扶養控除の対象になります。 【一定の要件とは】 ① 留学により国内に住所および居所を有しなくなった者 ② 障害者 ③ 扶養控除の適用を受けようとする所得者から、その年に生活費または教育費に充てる ための支払を38万円以上受けている者 なお、一定の要件に該当し扶養控除の適用を受ける場合は、扶養控除等(異動)申告書に 書類の添付が必要になります。 2 退職手当を有する配偶者・扶養親族欄の追加 令和4年度税制改正により、「令和5年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」から、住民税に関する事項の欄に「退職手当等を有する配偶者・扶養親族」が追加されています。 (出典)国税庁『令和5年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書』 配偶者や扶養家族が、退職手当の受け取りにより所得税法上で扶養対象外となった 場合でも、住民税においては扶養対象となる方を記入するための項目です。 年末調整の計算に影響はありませんが、企業が市区町村に提出する給与支払報告書に 記載する必要があります。 3 住宅ローン控除関連の変更 令和4年度税制改正で、住宅ローン控除区分の追加・変更が行われています。 住宅取得した初年度は確定申告をするため、令和5年分の年末調整より対象者の確認が 必要となります。 ① 住宅借入金などの年末残高の限度額、控除率および控除期間が住宅の種類などに応じて変更 令和4年から令和7年までのあいだに入居した場合の住宅借入金などの年末残高の限度額、 控除率および控除期間が住宅の種類などに応じて変更されました。 ② 適用対象者の所得要件が2,000万円以下に引き下げ 住宅借入金等特別控除適用の所得要件は、その年の合計所得金額が3,000万円以下でしたが、今回の改正により2,000万円以下へ引き下げられました。 ③ 借入金残高証明書の添付が不要に 令和5年1月1日以降に取得した住宅については、年末調整での借入金残高証明書の添付が 不要とされました。 令和6年分の年末調整で提出する「給与所得者の住宅借入金等特別控除申告書」より 適用となりますので、令和5年分の年末調整では従来通りの提出となります。 令和5年分年末調整申告書の書き方ガイド 年々、年末調整申告書の書き方が複雑になってきています。申告書を配布する際に、 書き方ガイドを添えることで、書き方についての問い合わせや誤りが減り、年末調整 担当者の負担を減らすことができます。 こちらの書き方ガイドを配布していただき、スムーズな年末調整を進めてください。 参考・ダウンロード|『令和5年分 年末調整書き方ガイド』 参考・ダウンロード|『住宅借入金等特別控除申告書書き方ガイド』

  • 2024年4月、建設業にも時間外労働の上限規制が適用されます。

    2019年4月(中小企業は2020年4月)より、働き方改革の一環として、長時間労働の 解消などによる労働環境の改善を目指した「時間外労働の上限規制」が施行されています。 建設業については、この時間外労働の上限規制の適用が5年間猶予されてきましたが、 2024年4月からいよいよ上限規制が適用されます。 今回は、建設業における時間外労働の上限規制についてと、今後の規制内容や企業に 求められる対応について解説します。 建設業が猶予されてきた背景 これまで、建設業や自動車運転業務、医師などについては、時間外労働の上限規制の 適用が猶予されてきました。 しかし、2024年4月以降、これらの事業・業種についても時間外労働の上限規制が 適用されます。(一部、今後も原則と異なる取扱いもあります。) (出典)厚生労働省『時間外労働の上限規制わかりやすい解説』P6 建設業に対し5年間の猶予期間が設けられていた理由の1つとして、長時間労働の常態化が 挙げられます。 厚生労働省のまとめた毎月勤労統計調査からも、他の業種と比べ、労働時間が長く 休日も少ないことが分かります。 ・年間の実労働時間:全業種と比べて建設業は90時間⻑い ・年間の出勤日数:全業種と比べて建設業は16⽇多い(つまり休日が16日少ない) 約20年前と比べて建設業も改善傾向にあるものの、全業種と比べて建設業は改善の幅が 少ないことがわかります。 (出典)国土交通省『建設業の働き方改革の推進 令和5年6月』P4 こうした背景には、深刻な人手不足があります。 資材不足や資材価格の高騰などによる工期の遅れが相次いで問題となりました。 それをカバーするために長時間労働や休日の減少が起こり、賃金水準の低さなども 相まった結果、人手不足に拍車をかけるといった悪循環が生まれてきました。 このような状況から、建設業に時間外労働の上限規制を適用することはすぐには 難しいと判断され、2024年3月末までの5年間、猶予期間が設けられることとなりました。 2024年4月以降、何が変わるのか 法定労働時間や法定休日などの以下の内容については、建設業でもすでに原則のルールが 適用されているため、今後も変わりません。 ・法定労働時間:1日8時間・1週40時間まで ・法定休日:毎週少なくとも1回(または4週間に4回) ここからは、建設業における時間外労働の取扱いに関する2024年4月からの変更点を 説明します。 1 時間外労働の上限 これまで建設業では、時間外労働の上限規制が適用除外となっていましたが、 今後は原則、月45時間、年360時間が時間外労働の上限規制となります。 (1年単位の変形労働時間を導入の場合、月42時間、年320時間) 2 臨時的な特別な事情がある場合 事業主は、臨時的な特別な事情がある場合、特別条項付きの36協定を締結・届出 することで、月45時間、年360時間を超えて従業員を労働させることができます。 これまで建設業では、特別条項による上限はありませんでした。 つまり、特別条項付きの36協定を締結・届出すれば、制限なく時間外労働をさせることが できるといった状況でした。 しかし、今後は、特別条項付きであっても以下のような上限があります。 ①時間外労働 ・年720時間以内 ・月45時間(※)を超えることができるのは年6回が限度 ※1年単位の変形労働時間制の場合は月42時間 ②時間外労働と休日労働の合計 ・月100時間未満 ・2~6か月それぞれの月平均が80時間以内 なお、②については、特別条項の有無にかかわらず、年間を通した時間外労働と 休日労働の合計を、常に「月100時間未満」かつ「2~6か月平均80時間以内」にしなければ ならないため、注意が必要です。 (出典)石川労働局『令和6年4月1日から時間外労働の上限規制が適用されます』P2 3 災害時における復旧および復興事業の例外 上限規制の適用後も、災害時における復旧および復興の事業については例外があります。 【例外の内容】 以下の2つが適用されません。 ・時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満 ・時間外労働と休日労働の合計について、2~6か月それぞれの月平均が80時間以内 【対象となる事業】 以下のような復旧および復興の事業が対象です。 ・特定の災害による被害を受けた道路や鉄道の復旧 ・仮設住宅や復興支援道路の建設 など なお、この例外を適用するためには36協定の締結・届出が必要で、36協定届も新しい 様式となっています。様式については、後述の「36協定届の新様式」でご紹介します。 【労働基準法第33条との違い】 労働基準法第33条では、災害など客観的に避けることのできない理由により臨時に 時間外労働などの必要が発生したとき、労働基準監督署の許可を受けることで、 36協定で定める限度とは別に時間外労働や休日労働をさせることができるとされています。この場合、時間外労働の上限規制はかかりません。 (業種は建設業のみならず、すべての業種が対象) この「労働基準法第33条」と、建設業の「災害時の復旧および復興の事業」との違いは 下の図を参考にしてください。 (出典)茨城労働局『建設の事業における時間外労働の上限規制について』P16 4 罰則の適用 時間外労働の上限規制に違反した場合、今後は罰則が科されるおそれがあります。 (6か月以下の懲役または30万円以下の罰金) そのため、企業は上限を上回ることのないよう適切な労働時間の管理が求められます。 企業に求められる対応や注意点 企業は、時間外労働の上限規制の適用に向けた対応として、以下のような取り組みが 求められます。 1 業務の効率化 長時間労働が常態化している職場では労働時間の見直しは欠かせません。 従来と同等以上の労働生産性を確保するには、業務効率化が非常に重要になっていきます。 既存の工程や業務フローの見直し、ミーティングの効率化などを図る必要があります。 2 適切な労働時間の管理 時間外労働の上限を超えないためには、労働時間の管理を適切に行うことが必要です。 そのためにも、出勤・退勤時間や休日などを管理する勤怠管理システムの導入は 有効な手段です。 勤怠管理システムは数多く販売されていますが、それぞれ機能や特徴が違うため、 自社に適したものを導入してください。たとえば現場作業など直行直帰する従業員が 多い職場の場合、スマートフォンなどによる出退勤の打刻機能などが利用できると、 正確な時間管理を行いやすくなります。 3 労働時間に対する正しい認識 労働時間を管理するためには、労働時間について正しく認識しておくことも必要です。 労働時間とは、従業員が企業の指揮命令のもとにある時間をいいます。一見、当たり前の ように感じるかもしれませんが、労働時間になるか判断に迷うケースもあり、過去には 裁判で争われた事例もあります。 下の図は、厚生労働省のサイトで紹介されている「労働時間になるかが問題になりやすい ケース」です。参考にしてください。 (出典)厚生労働省『建設業 時間外労働の上限規制 分かりやすい解説』P10 4 適正な工期の設定 工期に余裕のない建設工事では、急ぐあまり従業員に長時間労働を強いることもあり、 それが施工ミスや労働災害の発生にも繋がる危険性があります。 そのため、時間外労働の発生を抑えるためには、適正な工期の設定が欠かせません。 以下の国土交通省のリーフレットでは、工期の設定において考慮すべき事項や、 発注者・受注者それぞれが取り組むべき事項などが掲載されていますので、参考にしてください。 参考|国土交通省『建設工事における適正な工期の確保に向けて』 36協定届の新様式 現在の建設業では、時間外労働の上限規制の適用が猶予されているため、36協定届に ついては、他の業種と異なる様式(様式第9号の4)が使用されています。 2024年4月以降は建設業も時間外労働の上限規制が適用され、さらに災害時の復旧・復興の 事業では例外として一部適用除外となることから、締結内容によってこれまでと様式が 変わりますので注意してください。 具体的な記載方法については、以下の厚生労働省のリーフレットの記載例を参考にしてください。 参考|厚生労働省『建設業 時間外労働の上限規制 分かりやすい解説』 おわりに 2024年4月まで、いよいよあと半年となりました。 時間外労働の上限規制に向けた対応では、まだまだ解決しなければならない課題が あると思います。 しかし、建設業への就業者、なかでも若年層の就業者が少ないことからも分かるように、 現在の建設業界は決して労働環境がよいとはいえず、長時間労働の解消や賃金水準の 改善など、ワークライフバランスの実現に向けた対策が早急に求められています。 また、この対策は、建設工事の受注者側だけが取り組むのではなく、発注者側の理解も 必要不可欠です。 受注者・発注者とのあいだで積極的に協議し、工期を適切に設定することも、時間外労働の 上限規制に向けた対応、ひいては労働環境の改善に大きく繋がる重要なポイントとなります。

  • 無期転換ルールの運用上の原則と例外について

    従業員は、同じ企業とのあいだで、期間の定めのある労働契約(有期労働契約)の 通算期間が5年を超えた場合に、希望をすれば期間の定めのない労働契約(無期労働契約) へ変更することができます。 このルールを「無期転換ルール」といいます。 企業は、無期転換ルールに対応できる制度設計をする必要があります。 なお、大学の教員などは、この無期転換ルールが5年ではなく10年で適用されます。 今回の記事では、無期転換ルールの原則と例外についての概要や、その運用方法を 紹介します。 無期転換ルールの概要 無期転換ルールとは、同一の企業とのあいだで、有期労働契約が1回以上更新されて 通算5年を超えたときに、従業員が希望するだけで無期労働契約に変更できるルールです。 企業は、従業員からの無期労働契約に変更したいという希望を拒むことはできません。 なお、実際に無期労働契約に変更されるのは希望したときではなく、次の更新時に 無期労働契約として新たな契約が締結されます。 ただし契約期間は無期に変更されますが、その他の労働条件(賃金など)については 以前のままです。 【例 契約期間が1年の場合】 【例 契約期間が3年の場合】 (出典)厚生労働省『無期転換ルールについて』 なお、同一の企業とのあいだで有期労働契約を締結していない期間、すなわち 「無契約期間」が、一定の長さ以上にわたる場合、それ以前の契約期間は通算対象から 除外されます。これをクーリングと呼びます。契約をリセットするための無契約期間を 「クーリング期間」といいます。 【例 通算契約期間が1年に満たない場合】 無契約期間以前の通算契約期間が1年に満たない場合、以下の期間に該当するときは 無契約期間より前の有期労働契約は通算契約期間に含めません。 (出典)厚生労働省『無期転換ルール ハンドブック』P3 【例 通算契約期間が1年以上の場合】 無契約期間以前の通算契約期間が1年以上の場合、無契約期間が6か月以上であれば、 無契約期間以前の契約期間は、通算契約期間に含めません。 (出典)厚生労働省『通算契約期間の計算について(クーリングとは)』 無期労働契約へ転換するメリット 現在働いている有期契約労働者の無期労働契約への変更は、企業と従業員の双方に 以下のようなメリットが期待できます。 1 意欲と能力のある労働力を安定的に確保しやすくなる 企業:自社の実務や事情などに詳しい無期契約労働者を比較的容易に獲得できます。 従業員:雇用の安定性に欠ける有期労働契約から無期労働契約に変更することで、 安定的かつ意欲的に働けるようになります。 2 長期的な人材活用戦略を立てやすくなる 企業:有期労働契約から無期労働契約に変更することで、長期的な視点に立った 社員育成が可能になります。 従業員:長期的なキャリア形成を図ることができます。 無期転換ルールに関する労務管理上の注意点 1 雇止め・契約期間中の解雇などについて 企業が無期転換ルールの適用を意図的に避けることを目的として、無期転換申込権が 発生する前に雇止めや契約期間中の解雇などを行うことは、法律の趣旨に照らして 望ましいものではありません。 有期労働契約の満了前に企業が一方的に更新年限や更新回数の上限などを設けることは、 不当な雇止めとして許されない場合もあります。 また、契約期間途中での解雇は、やむを得ない事由がある場合でなければ認められません。 さらに、契約更新上限を設けたうえでクーリング期間を設定し、期間経過後に再雇用を 約束して雇止めを行うことなどは、法律の趣旨に照らして望ましいものとはいえません。 2 社員区分による処遇について 無期転換ルールで無期労働契約に転換した従業員の労働条件は、就業規則などに別段の 定めがある部分を除き、直前の有期労働契約と同一となります。 しかし、無期転換者と有期契約労働者の労働条件で契約期間以外に差がない場合や、 無期転換者と正社員(一般的に無期契約労働者のことが多い)との役割や責任、処遇の 区分とそれらの根拠が明確になっていない場合には、いずれ従業員の中に不公平感が 生まれ、職場の一体感を損なうなどのトラブルにつながる可能性があります。 また、法律的にも同一労働同一賃金の原則に抵触する可能性があります。 導入の手順 トラブルを未然に防ぐために、無期転換ルールの導入では、以下の手順を参考に してください。 1 有期契約労働者の就労実態を調べる 現在働いている従業員を、正社員や多様な正社員(勤務地や労働時間などの労働条件に 制約を設けた正社員、限定正社員とも呼ぶ)、有期契約労働者などの社員区分ごとに 分けて人数を記録します。 その場合、有期契約労働者については、通算契約期間や更新回数、無期転換申込権の 発生時期なども把握しましょう。 また、正社員とそれ以外の社員区分が担う職務内容がどの程度異なるかも記録します。 【例 有期契約労働者の現状把握の記録】 (出典)『厚生労働省『無期転換ルールに対応するための取組支援ワークブック』P13 2 無期労働契約への転換方法を検討する 無期労働契約への転換方法は、主に以下の3つがあります。 ①雇用期間の変更 契約期間のみを変更する転換です。 対象は、無期転換前と比べ、職務や処遇を変更する必要がない従業員です。 労働条件を変更せず、期間の定めが有期から無期になります。 ②多様な正社員への転換 正社員と比較して、勤務地や労働時間、職務などの労働条件に制約を設けた多様な 正社員への転換です。 対象は、職務能力や職務内容は正社員と同等でありながらも、家庭の事情などから、 転居・転勤を伴う移動が行えないために勤務地に制約がある、または正社員と同じ 時間だけ働くことができないような従業員です。 登用試験や面接などで的確に能力を見極めたうえで、多様な正社員へ転換します。 ③正社員への転換 業務内容に制約がなく、入社後定年に達するまで勤務することを想定した、正社員への 転換です。 対象は、職務能力や職務内容が正社員と同等の従業員です。登用試験や面接などで 的確に能力などを見極めたうえで、正社員へ転換します。 いずれにおいても、処遇の差異とその根拠を明確にしておくことで、トラブル防止に つながります。実際に無期転換を進める場合には、従業員本人の意向などを踏まえながら、 いずれの転換方法がふさわしいのかについて決定することが大切です。 また、無期転換をして終了ではなく、中長期的な登用のあり方をあらかじめ想定して おくことも大切です。 【例 中長期的な登用の方法】 (出典)厚生労働省『無期転換ルール ハンドブック』P9 3 適用する労働条件を検討し、就業規則を作成する 現状の社員区分において制度や施策が整備されているのか、また、そもそも社員区分を 新設する必要があるのか、それぞれの社員区分の処遇の違いなどを検討します。 そのうえで、就業規則の改定箇所の検討を行います。無期転換者用の就業規則を作成した 場合には、規程の対象となる従業員を、正社員の就業規則の対象から除外しておく必要が あるため、正社員の就業規則の見直しも検討してください。 4 運用と改善を行う 無期転換をスムーズに進めるうえで大切なことは、制度の設計段階から労使の コミュニケ―ションを密に取ることです。労働組合との協議を行うことや、労働組合が ない場合は労働者の過半数代表など従業員との協議を行う場を持ち、労使双方に納得性の ある制度をつくることが、スムーズな導入・運用につながります。 また、無期転換申込権については、従業員への事前説明があることが望ましいです。 2024年4月から、労働契約の締結・更新のタイミングの労働条件明示事項が追加され、 無期転換申込権が発生する契約の更新時に「無期転換申込機会」と「無期転換後の 労働条件」を明示する必要があります。 参考|厚生労働省 有期契約労働者の無期転換ポータルサイト『2024年4月から労働条件明示のルールが変わります』 無期転換ルールの例外 無期転換ルールには、2つの例外があります。 1 高度な専門的知識等を有する有期雇用労働者および定年後引き続き雇用される有期雇用労働者に対する特例 専門的な知識を有している、または定年後にも継続して同じ企業に雇用されている 有期契約労働者は、企業が法令上定められている雇用管理を計画し、都道府県労働局長の 認定を受けた場合に、一定の期間、無期転換申込権が発生しなくなります。 【専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法の概要】 (出典)厚生労働省『無期転換ルールについて』無期転換ルールの例外(その1) 2 大学等および研究開発法人等の研究者、教員等に対する特例について 大学等及び研究開発法人の研究者、教員等については、無期転換申込権発生までの 期間(原則)5年を10年とする特例があります。 【特例の対象者】 (出典)厚生労働省『大学等及び研究開発法人の研究者、教員等に対する労働契約法の特例について』 おわりに 無期転換ルールは、期間を定めて従業員を雇用しているすべての企業に関係のある ルールです。 無期転換ルールの導入には、人材の確保が容易になることや、社員の育成を長期スパンで 行うことができるなどのメリットがありますが、現在の制度を見直さないままの導入は トラブルにつながる可能性があります。 無期転換ルールを導入する場合の制度設計は、必ず専門家に相談をしてください。

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